RESEARCH
森を育む種子散布の多様性
-チャイロキツネザル -
動植物の90%が固有種のマダガスカルで、直径10 mmを超える大きな種子を丸飲みにできる動物はチャイロキツネザルだけ。植物はおいしい果実をつけて種子散布者を誘います。排糞により運ばれた種子の運命は? 種子を巡る、運ぶ動物側と運ばれる植物側の多様な共生関係から、マダガスカルの森をのぞいてみましょう。
1. マダガスカルの霊長類
アフリカ大陸の南東沖400 kmに浮かぶマダガスカルは、日本の国土の1.6倍、世界で4番目に大きな島です(図1.a)。ジュラ紀にアフリカ大陸、白亜紀にインド亜大陸から分裂して孤島となったため、現在マダガスカルに生息しているのは、恐竜の絶滅以降に出現し、8,000万年以上をかけて独自の進化を遂げてきた生きものたちなのです。マダガスカルは生物多様性の宝庫ともいわれ、植物の80%、脊椎動物の90%がこの島の固有種です。例えば、人気者のキツネザルは、私たち人間と同じ霊長類の仲間で、現在5科107種が確認されていますが(図1.b-f)、全て固有種です。手首にある臭い腺(臭腺)や反射膜(タペタム)と呼ばれる夜間のわずかな光を増幅する目の構造など、原始的な霊長類の特徴を残しています。私はこれまで、キツネザルの生態や森をつくる働きについて調査を行ってきましたが、ここではチャイロキツネザル(図1.f)と糞を通して種子を蒔く植物の研究を紹介します。
(図1) a:マダガスカル
b:コビトキツネザル科、c:イタチキツネザル科、d:インドリ科、e:アイアイ科、f:キツネザル科
チャイロキツネザル(Eulemur fulvus)は、体⻑40-50 cm、体重1.5-2.5 kgで、複雄複雌の群れで熱帯雨林から乾燥林まで様々な環境で暮らし、ほとんどの時間を樹上で過ごします。果実や木の葉、花の他、昆虫なども食べますが、主食(70%)は果実です。その糞を分析すると、70種類もの種子が出てきます。自ら動けない植物が子どもである種子を自分から離れたところに蒔く現象を「種子散布」といい、多様な方法のひとつが、おいしい果実をつけて動物に種子ごと飲み込んで運んでもらう被食動物散布です。動物は果肉という餌をもらい、植物は種子を分散してもらうことで子の生存や成長が有利になり、分布を拡大できます。動物と植物の双方に利益がある相利共生と呼ばれる助け合いの関係になっているのです。特に大小さまざまな種子を大量に飲み込める大型の動物は、森の世代更新を担う種子散布者の主力となります。
2. 種子の運び屋
マダガスカルは、生物種だけでなく生態系の構造もユニークで、他の地域で種子散布の主力となるゾウやサイチョウのような大型の果実食動物はいません。ハトやヒヨドリ、オオコウモリ、コビトキツネザルなど、種子の直径が10 mmもあれば喉が詰まってしまう小さな動物ばかりです。大きな種子を持つ果実を食べる動物は、インドリ科とキツネザル科に限られます。まず、インドリ科のコクレルシファカ(Propithecus coquereli)(図1.d)は、体重4 kgほどで、葉食に適応した大きな臼歯と長い消化管を持っています。口にした種子はバリバリと破壊され、跡形もなく吸収され、ヤギのような糞にはその形をとどめていません(図2.a)。次に、キツネザル科のチャイロキツネザル(図1.f)は、消化に手間のかからない糖類を含む果実を主食とするため、歯や消化管は簡易な構造をしています。よって、種子は無傷のまま生きて排泄されます(図2.b)。つまり、大きな種子を持つ植物にとって、インドリ科は「種子を食べる種子捕食者」、キツネザル科は「種子を運ぶ種子散布者」に位置づけられるのです。実際、チャイロキツネザルの糞に含まれる70種の種子のうち23種が直径10 mmを超える植物のものです*1。このことから、マダガスカルの森の生態系は、キツネザル科だけが種子散布の主力を担うような単純な構造であると予想されます。彼らの種子散布者としての役割を明らかにすることは、他地域でゾウやサイチョウが担う役割を明らかにすることと同様に重要であると考えられます。
(図2) a:コクレルシファカの糞、b:チャイロキツネザルの糞から出てきた種子
スケール:10 mm
3. 運び屋の生態
チャイロキツネザルの種子散布者としての能力を評価すべく、私はマダガスカル北西部に位置するアンカラファンツィカ国立公園で1年間に渡って彼らの後をひたすら追跡しました。行動を記録し、糞を拾い、内容物を分析し、得られた種子をプランターに植えてみる(図3)——今思えば、キツネザルたちの生活をあれほど長く近くで見られたのはこの時だけです。現地での調査から、1日に個体群あたり9,854個/km2もの種子を散布することや、チャイロキツネザルが飲み込むことで種子の発芽率が改善する植物があることもわかりました*1。また、アンカラファンツィカは雨季と乾季が明瞭です。乾季は半年間も雨が降らず、日中の気温は35℃を超えます。結実する植物の種数が少なくなるほか、チャイロキツネザルは体内水分を失わないように活動量をなるべく減らします。一方の雨季は森中に多様な果実が実り、水分補給も十分にできることから、チャイロキツネザルは活動量を増やし、果実を求めて森中を駆け巡るようになります。こうした環境の変化に適応する行動は、種子を運ぶ距離にも影響し、母樹から種子までが、乾季は75 mと短く、雨季は170 m(中央値)と長くなりました*2。この運び屋としての季節的な行動の違いは、植物にとってどのような意味があるのでしょうか?
(図3) a:発信機を着けたチャイロキツネザル、b:糞分析、c:発芽実験
4. 運ばれる種子の量
この問いに答えるため、チャイロキツネザルの季節ごとの主食である2種の果実に着目しました。乾季に3-4ヶ月間結実するセンダン科のAstrotrochilia asterotoritra(A種)と、雨季に2-3週間結実するウルシ科のAbrahamia deflexa(B種)です。いずれもマダガスカルの固有種で、直径10 mm以上の大きな種子を持つ植物です。これまでのキツネザルを追いかけて動くというアプローチから一転し、今度は結実木とともに動かず(図4.a)、生産する果実、動物に運ばれる果実、運ばれずに落ちる果実の量を測ることにしました。
ザァ…ザァ…グフ…グフ……涼しくなった深夜、彼らは暗闇の彼方から森の梢を揺らしながら現れます。10個体以上の群れが樹冠を跳ね回りながら果実を頬張り、大きな種子をゴクリと飲み込むのです(図4.b)。その滞在時間や個体数、飲み込んだ数をストップウォッチとカウンターを手に記録します。運ばれずに落ちてくる果実は、シードトラップ(図4.c)という網を張った容器を樹冠の下に置いて捕捉します。こうした調査を大小さまざまな木で行ったところ、A種が1回の乾季で生産した果実のうち、チャイロキツネザルが持ち去る割合は59%(図5)で、果実の密度や樹冠サイズが大きいほどその割合は高くなりました。前述の通り、乾季に結実する樹木数は多くありません。しかも、チャイロキツネザルは活動量を減らしたい時期です。これは、閉店するレストランが多い街で営業する大きなレストランに常連客が集まるように、チャイロキツネザルは繰り返し結実期間の長いA種の大木に通い、効率よくお腹を満たす採食戦略だと考えられます。一方、雨季に結実するB種の木を調べると、チャイロキツネザルが持ち去る割合は26%(図5)にとどまります。雨季の森は多様な植物がそこらじゅうで果実を実らせるため、チャイロキツネザルはお祭りの屋台のように果樹から果樹へと食べ歩きますが、B種の同じ樹木にはそう何度も訪れません。このように運ばれる種子の量を比較すると、A種の方がより多くの種子を散布することに成功しているといえます。
(図4) a:定点観測用のブラインドテント、b:果実を飲み込むチャイロキツネザル、c:シードトラップ
5. 運ばれた種子の運命
しかし、多くの種子を運んだから植物の役に立った、と結論付けるにはまだ早すぎます。長い樹木の一生で最も死亡率が高いのは、種子や実生(発芽したばかりの植物)の時期であるため、幼い植物たちがどのようにその時期を乗り切るのかを見届ける必要があるのです。また、栄養のたっぷり詰まった種子や新芽は、ネズミや虫の格好の餌となるため、運ばれずに落ちた種子が密集する母樹直下は、捕食者たちが集まる危険地帯となります。生産した種子のうち、どれくらいがその年に定着するのかを見てみると、A種で1.5%、B種で6.5%となります(図5)。運ばれる種子の量はA種の方が多くても、生き残りやすさはB種の方が上なのです。
(図5) 散布後2年生実生までの到達確率
さらに、森の中で種子の発芽実験をしたところ、A種では発芽率が20%未満と低く、新芽も食害にあいますが、林冠が開けて日当たりのよい場所では生存率が少し良くなることがわかりました。この結果を理解するには、種子と実生の特徴が手がかりになります。A種の種子は、乾季の果実生産から次の雨季の発芽までの期間、乾燥や外敵から種子を守るための硬い内果皮の殻に覆われています(図6.a)。これを突き破って産卵するのがゾウムシで、孵化した幼虫は内部の種子を食べて育ちます(図6.b)。発芽率が低いのはこのためだと予想されます。そして、A種の実生は子葉とよばれる双葉を地上で開きますが(地上子葉)、この双葉には成長のための栄養が貯蔵されており、ネズミや虫による食害は致命傷となります(図6.c)。これがA種が生き残りにくい理由のひとつです。また、双葉を開き光合成をすることで本葉を増やしていくため(図6.d)、日当たりのよい場所では高い確率で生き残ると考えられるのです。
(図6) A種 a:果実と種子、b:ゾウムシの幼虫、c:食べられた双葉、d:双葉と本葉
B種では、遠くに運ばれるほど多くの実生が生き残ります。種子と実生の特徴をみると、B種の種子は大きく栄養豊富ですが、硬い殻は存在しません(図7.a)。これは種子捕食者には好都合で、運ばれずに母樹下に落ちている種子は一網打尽に食べられてしまいます(図7.b)。しかし、外敵の多い母樹から少しでも離れると、雨の水を吸って数日後に発芽します。B種の芽生えは地下子葉と呼ばれ、種子の中に栄養の詰まった子葉を残したまま、根と茎と本葉を伸ばしていきます(図7.c)。種子の中の子葉が食べられても地上の本葉は無傷で済み、本葉が食べられても種子の中の子葉を使って再び成長します(図7.d)。そのため、散布される種子の量は少なくても、効率良く生き残ることができるのです。
(図7) B種 a:果実、b:食べられた種子、c:本葉、d:食べられた本葉
6. キツネザルが育む森
このように大きな種子を持つ2種の果実植物は、チャイロキツネザル一種に種子散布を托していますが、その役割は全く異なります。A種の場合、大量に種子が運ばれ、そのうちの一部が日当たりのよい場所に到達することで次世代の個体が育ちます。B種の場合、運ばれる種子は少量であっても、母樹近くの危険地帯から逃がしてもらうことで世代更新が促進されるのです(図8)。マダガスカルの森では、動物側の環境に適応する行動と、植物側の結実期間や種子・実生の特徴が相互に作用しあうことで、多様な種子散布のパターンが生み出されているのでしょう。
(図8) A種とB種で異なる種子散布パターン
キツネザルたちが育む森林の生態系をさらに理解するために、私たちは、アンカラファンツィカの森にマダガスカルで初めての大面積森林調査区画を設置しました。15 haの区画内にある幹直径5 cm以上のすべての木性植物の種を同定し、番号をつけ、位置をマッピングする作業を終え、160種、約36,000個体を記録しました。樹木のバイオマスにして30%程の植物が、チャイロキツネザルに種子散布を頼る大型の種子植物であることもわかってきました。A種とB種のように、実をつける季節や期間、種子の硬さや子葉の形も色々あるはずです。種子を巡る、運ぶ側と運ばれる側の多様な共生関係は、多様な植物が共存する生態系を支えているのかもしれません。現在、この森林調査区画を利用して日本人やマダガスカル人のあらゆる世代の研究者たちが動物や植物の生態を研究しています。動植物だけでなく研究者もこの森で世代を更新しながら、面白い研究を生み出していきたいと思っています。
この記事は主に以下の論文をまとめたものです。
Sato, H. Significance of seed dispersal by the largest frugivore for large-diaspore trees. Sci Rep. 12: 19086 (2022). https://doi.org/10.1038/s41598-022-23018-x
出典 *1-2につきましては以下をご参照ください。
*1 Sato, H. Frugivory and Seed Dispersal by Brown Lemurs in a Malagasy Tropical Dry Forest.
Biotropica. 44: 479-488 (2012). https://doi.org/10.1111/j.1744-7429.2011.00838.x
*2 Sato, H. Predictions of Seed Shadows Generated by Common Brown Lemurs (Eulemur fulvus)
and Their Relationship to Seasonal Behavioral Strategies. Int J Primatol. 39: 377-396
(2018). https://doi.org/10.1007/s10764-018-0057-3
佐藤 宏樹(さとう・ひろき)
奈良県出身。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士後期課程修了。京都大学霊長類研究所・日本学術振興会特別研究員を経て、現在同大大学院アジア・アフリカ地域研究研究科准教授。専門は熱帯生態学、霊長類学、民族生物学。マダガスカルをフィールドとし、動物、植物、人を結ぶ生態系保全のあり方を探っている。