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LECTURE & TALK

私のきのこ学

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私のきのこ学

対談

相良直彦京都大学名誉教授
永田和宏JT生命誌研究館館長
 

1. きのこからモグラへ

永田

相良先生のご著書『きのこと動物』はとても面白いですね。1章から3章までが「獣ときのこ」、「昆虫ときのこ」、「線虫ときのこ」。4章以降に、「排泄物ときのこ」、「死体ときのこ」、「廃巣ときのこ」、「生態系における動物ときのこ」。そして、最終章は「雑感」。雑感とありますが相良先生の哲学がここに入っていますね。今日はいろいろお聞きしたいのですが、そもそもきのこに取り付かれたきっかけは何ですか。

相良

京都大学の農学部で4年生になった時、たまたま私がついた先生がマツタケの研究をしていた関係でマツ林のきのこを研究することになりました。きのこは好きでも嫌いでもありませんでした。

永田

浜田稔助教授、京都にきのこ学を根付かせた方ですね。

相良

はい。私に「君は野人ではなく、野蛮人だ」と申された先生です。(笑)。「鈍重」とも言われましたが、これは褒め言葉だったかもしれません。

永田

私は自宅が、京都の宝ヶ池の近くの岩倉で、相良先生ももともと同じ町内、哲学者の鶴見俊輔さんもお住まいでした。その岩倉の実相院の裏山にマツタケの碑があって、これは浜田先生のお仕事を記念してお弟子さんたちが立てたものですね。

相良

ええ。浜田先生は、マツタケを生物として見た先生ですね。

永田

相良先生もそのお一人ですが、浜田先生の影響で、京都にきのこ学をやる人が多く育ちましたね。私もきのこ集めが好きでマツタケの碑にお参りにも行きました。ところで相良先生は、これまでに沢山のモグラの巣を発掘してこられましたね。

相良

発掘した回数は百三十何回でしたかね。

永田

巣を1つ掘るのにどれくらいの時間がかかるものですか? 

相良

巣に到達するまで、ざっと半日です。調査を了えるには丸1日。3日かかったことや1週間かかったこともあります。巣そのものはふにゃふにゃの落ち葉の塊ですね。実は、モグラがどうやって巣を作るのか? どのようにして地中にあのような空間を作るのかは、まだ分かっていません。

永田

京大博物館にモグラの巣とその付近の地中構造の模型が展示されています。あれを見た時、形を崩さずに掘り出すのは、何日もかかる大変なお仕事だろうと思ったのです。

相良

慣れてからは、時間はそれほどかかりません。博物館では、モグラの巣と一緒にナガエノスギタケの模型も展示していますが、模型の鋳型になったのが、今日のスライドでお見せした、地中柄の長いナガエノスギタケです。京大芦生研究林の山奥からそっと掘り採って、壊れないように添え木をして山から運び出し、その晩のうちに模型屋さんにお渡しした。それを鋳型に、博物館のあの模型はできています。

2. イバリとセッチン

永田

相良先生のお仕事は典型的なフィールドワークで、外に出ないとできない研究ですね。研究室に籠って、見えないものと格闘している我々にはうらやましく映ります。学名に相良先生の名前が入ったイバリシメジ(Sagaranella tylicolor)。和名の名付けの親は相良先生ですね。イバリとは尿のことで、森の中で動物がおしっこしたところに生えるから、イバリシメジと名付けた。

相良

はい。イバリという言葉は机を並べていた学友が教えてくれました。もぐらのせっちんたけの「雪隠」という言葉は、自分の中からすんなり出てきました。子供のころ、私の郷里で村の人たちは「セッチン」と言っていましたから。

永田

もぐらのせっちんたけは、相良先生のお仕事で有名になったきのこですね。ナガエノスギタケはモグラの雪隠からしか生えてこない、尿素をまいても生えてこないということを明らかにした。加えて、ナガエノスギタケダマシはモグラの巣には生えない別種だということも明らかにされた。でも尿素があれば、ナガエノスギタケも生えてきてもよさそうに思うのですが。

相良

私もそう思うのですが、今のところ、その事例はありません。

永田

そうすると、ナガエノスギタケダマシの生えるところに、モグラの巣の一部の何かを埋めたら出てこなくなるでしょうか? 何か阻害に働く物質がモグラの雪隠に含まれているというふうにも考えられますね。

相良

そこまで考えたことはありませんでした。ナガエノスギタケダマシはアカネズミ類の巣(便所)から生えた例はあります。また、ナガエノスギタケダマシと同じ「アンモニア菌」のアシナガヌメリはモグラの便所からも生えます。

永田

ナガエノスギタケは生えるけれど、ナガエノスギタケダマシは生えない。その理由は何か? まだ解かれていない面白い「問い」だと思います。

3. 「生息地浄化共生」

永田

もう1つ面白いと思ったのがコウベモグラとアズマモグラ。最初に掘った巣がコウベモグラのものだったと確認して埋め戻した後、9年経ったらまたナガエノスギタケが生えてきた。掘ってみると、今度はアズマモグラが住んでいたというお話し。このモグラたちは、なぜ同じ場所で暮らしているのでしょうかね?

相良

それは、私の言う「生息地浄化共生」という関係がそこに成立しているからだと考えています。排泄物の後始末をしてくれるシステムがそこにある。そのことをモグラは感じ取るのではないか。その土地には、樹木やきのこが居て、それらが生活の後始末をしてくれることを、モグラは何らかの感覚で理解しているのではないか。モグラは生活の後始末に必要な環境がそこにあると理解するというのが、私の仮説、長年の持論です。

永田

なるほど。アンモニア菌の成長にアンモニアは必須だけれども、例えば、人糞を肥やしに撒いた畑に、モグラが来て、ナガエノスギタケダマシが生えるということはないのですか。

相良

ナガエノスギタケダマシにも、ナガエノスギタケにも、樹木が必要で、菌根共生の相手がいないところでは生えられません。

永田

樹木の根っこと菌糸との関係ですね。

相良

そうです。一方、生きている樹木を必要としないきのこもあります。尿素を撒いて初期に生えるきのこは菌根共生をしませんから。きのこが生えるにも生えないのにも理由があるわけです。

永田

きのこの世界はほんとうに種類も多く、生態も多様なので、研究対象として、これから面白い発見がまだいくつも出てくるように思いますね。相良先生は、退官後もずっと、興味を持ってきのこの研究を続けておられますね。

相良

今は、モグラに関する私の知見をもっと公のものにしたいと格闘してるいところです。まだ執筆中の論文もあります。

永田

1年、2年発表が遅れると、ライバルに追い抜かれてしまうという我々の研究とちがって、先生のお仕事は10年たっても古びない。とても羨ましいですね。

4. 美味しくて等身大の生きもの

永田

ところで、きのこ採りが好きな人って意外に多く、私がきのこに取り付かれたのは京都大学時代、文学部の助手していた友人が、京都御所でツルタケというきのこを見つけた。これはドクテングタケの仲間で、ほとんどのテングタケには毒があるけれど、ツルタケだけは食べられる。しかもとても美味しい。それを分けてもらって、その日、家族で喜んで食べたら、ほんとうにうまかった。家族できのこ狂いが始まったのはそれからです。

永田

きのこって、興味ない人は見てないけど、気に掛けているとあちこちに、いろんなきのこが生えているのが見えてくる。だから京都大学の構内でもしょっちゅうきのこ採りに行きましたし、百万遍から丸太町まで、東大路通のプラタナス並木に生えるヤナギマツタケも美味しい。これを採って歩くと、すぐ紙袋2杯分いっぱいになっちゃう。それを塩漬けにして一冬鍋に使うんです。あるとき、誰か先に採ったやつがいるぞと思って、後で、数学者の森毅先生も、私と同じ場所をきのこの猟場にしていて、お互いに誰かに採られたと思っていたことがわかった(笑)。きのこって採り始めると、とても面白い。相良先生にとってきのこは研究対象ですが、楽しんでもおられますか。

相良

今は、大分で百姓をしていて、草刈り中に出会うきのこは一瞬にして木っ端みじんです。出会わないことが望ましい。奥行きを考えるとゾッとするのです。シイタケ、ナメコは栽培しております。去年の大洪水では、ほだ木が全部流されましたが、また新しく植えました。流失は3回目になります。

永田

もったいない話ですね。きのこは足が早いですね。すぐ駄目になっちゃう。ヒトヨタケは、夜明けに出始めて、午後にはもう溶け始める。その出るか出ないか、ちょっと土が膨らんでいるところを掘って、ヒトヨタケを持って帰って料理をすると、これまたうまいんです。ほんとに京大時代は、大学構内でなんぼ晩ご飯のおかずを採ったか。きのこも自分で採って食べる一番の喜びとは、世界中で、今、このきのこを食べているのは自分だけ。売られているきのこはどこでも誰でも食べられるけど、このきのこは自分しか味わっていないというところが醍醐味。そのとき一番の問題は、今、目の前に生えているこのきのこに、毒があるかないか? 

相良

食べられるか、食べられないかですか。それを見分ける原理・原則はありません。結果でしか分からない。

永田

ご自分で食べたりもしますか。

相良

少しは食べます。人が食べないようなものを食べたりして、「そんなもん食べるんか!」と言われたりしました。今、シイタケ、ナメコなどは食べます。冬の、野外の、ナメコ、ヒラタケはいい!

永田

今、相良先生もおっしゃったように、世の中に出回っている毒きのこの見分け方って全部うそですよね。ほんとうは一つ一つ確かめるしかない。それが醍醐味ですね。先生、最後に、きのこの面白さを一言で言うとどうなりますでしょうか。

相良

自分と等身大の生き物だと思って見たら面白いんじゃないかと思います。少し勉強してもらうと、実質も等身大と分かります。「人格」と「菌格」、「人生」と「菌生」です。しかし、すぐにはピンとこないでしょう。一方、きのこは過去を語る、自然の「語り部」です。「路傍のきのこは何を語るか?」と思って接すると、自然の奥行きが見えてくるのではないかと思います。

撮影:コジマスタジオ

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「後始末」を軸としてみる森の姿
相良直彦京都大学名誉教授
大分県在住
永田和宏JT生命誌研究館館長

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