ゲノム中のある領域に並ぶいくつかの遺伝子が一緒にはたらき表現型を変えるとき、その領域を「超遺伝子」と呼びます。ノドジロシトドは、見た目と行動が超遺伝子によって変化し、同種内で起きた進化を考えることができるおもしろい生きものです。「超遺伝子」については、113号の記事で解説しましたのでご覧ください。
1. 4つの性をもつ小鳥
ノドジロシトド(Zonotrichia albicollis)は、北米大陸では身近に見かけるスズメに似た小鳥です。和名のシトドはホオジロを表し、スズメ目ホオジロ科であることを示しています。この鳥の特徴は、同じ鳥に羽色の異なる白型(White-Stripe:WS)、茶型(Tan-Stripe:TS)の2つの型がいることです。鳥には、クジャクのようにオスだけが派手なものや、ウグイスのようにオスがさえずりメスを誘うものなど、メスの好みで雌雄の違いが進化したとされる例があります。しかし、ノドジロシトドの場合は、それぞれの型にオスとメスがいます。さらに興味深いことに、白型の羽色は繁殖期に現れ、白型のオスは茶型のメス、茶型のオスは白型のメスとつがいになるという現象が観察されています。これを非同類交配と呼びますが、ノドジロシトドには「あたかも4つの性があるようだ」と言われる所以です。
(図1) ノドジロシトドの白型WS(左)茶型TS(右)
2. 白型と茶型
白型は、頭の縞模様が白と黒でノドの白もはっきりしています。茶型は、頭の縞や喉の羽色が茶色がかっています。ですが実際に鳥を前にすると、その姿よりもまず白型のオスの美しい歌声が耳にとどくようです。歌の上手な白型のオスは、歌声で縄張りを主張し、つがい相手を誘います。性格は攻撃的で子育てには積極的ではありません。一方、茶型は歌は上手くありませんが、子育てに熱心で外敵から巣を守り、一夫一婦を通します。メスにもその傾向があり、白型メスは子育てを茶型のオスに頼り、茶型のメスは子育てに協力的でない白型オスをよそに子育てに励みます。オスの繁殖の戦略としては、白型は多くのメスと交配して子孫を残すチャンスを広げ、茶型はつがい相手と雛を自ら守って世代をつなぐのです。どちらか一方の戦略をとる鳥はいますが、同じ鳥の多型が違う戦略を選ぶのはノドジロシトドのユニークな特徴と言えます。
3. 逆位がつくった超遺伝子
2つの型の違いが、遺伝的に決まっていることは、50年以上も前から鳥類学者のソニークロフトによって指摘されていました。2番染色体に注目すると、茶型では2本同じものを持っています(ホモ)が、白型は組み合わせが異なっていました(ヘテロ)。メンデルの法則に則ると茶型の染色体ZAL2は潜性遺伝を示し、白型の染色体ZAL2mは顕性遺伝となり、茶型と白型がつがうことで半数ずつの割合が保たれます。白型の染色体ZAL2mを調べると、大きな逆位がありました。逆位は、染色体の一部をひっくり返した構造で、逆位が起きた領域は、減数分裂の際に正常な染色体との間に相同組み換えが起こりません。そのためDNAに起きた変異が除かれにくく蓄積していくのです。多くの場合、変異は有害で、両方が逆位染色体である白型(ZAL2m/ZAL2m)がほとんどいない理由と考えられます。
(図2)白型と茶型の染色体の遺伝
しかし、逆位となった領域が常に一緒に遺伝するので、そこに存在する遺伝子が協調してはたらき、「超遺伝子」として新しい形質を生みだすことがあります。ノドジロシトドでは逆位染色体は、白型の特徴である羽色や歌声などを進化させました。詳しく調べると茶型の染色体に対して白型の染色体では、逆位が複数回起きていて塩基数にして約1億になり、そこには1000個以上の遺伝子が存在しています。これらの遺伝子の中に羽色や行動に関わる遺伝子があると推測され、解析が進められています。
(図3)逆位による茶型染色体ZAL2から白型染色体ZAL2mへの変化
4.行動と遺伝子
鳥の性差や繁殖行動に性ステロイドホルモンが関わることが知られていますが、逆位領域にエストロゲン受容体αの遺伝子ESR1が見つかりました。このはたらきを白型と茶型の脳で比較したところ、白型の脳では扁桃核で増加しており、茶型では、視床下部と内側視索前野で増加していました。扁桃核は、哺乳類では情動や社会行動に関わる扁桃体にあたり、白型の攻撃的な行動と関わると考えられます。一方、茶型で増加している内側視索前野は、子育て行動に関わることが知られ、茶型の特徴と適うことがわかりました。両者の違いは、ZAL2A染色体のDNAの変異によってESR1が脳内ではたらく場所が変化したためです。さらに、他の動物で攻撃や子育ての行動に関わる遺伝子として知られるVIP(血管作動性腸管ペプチド)も同じく逆位領域にあり、白型で繁殖期に縄張りを守るさえずりの増加や茶型オスの給餌行動との関わりが調べられています。
(図4)逆位による茶型染色体ZAL2から白型染色体ZAL2mへの変化
5.つがいの謎
白型と茶型がつがう理由は、野外の調査で、ほとんど同種同士のつがいがいないことから様々な考察がされています。メスはいずれも攻撃的な白型オスよりも温和な茶型オスを好むという観察があります。そこで茶型オスと白型メスがつがうのは、メスでは白型が茶型より積極的なので、好みの茶型オスを手にいれるようです。また、オスにとっては同型のオスはメスを争うライバルなので、メスに対しても警戒してしまうので近づけないという解釈もあります。しかしこの理由では、メスが白型オスの美声になびかないなら、なぜ白型オスの歌が進化したのか疑問が残ります。遺伝的な面から、先にも触れた通り白型同士の組み合わせは、ZAL2m/ZAL2mが有害変異をもち、どちらも子育てが苦手なので子供が育ちにくいことから、異なる相手を選ぶものが生き残ってきたとも考えられます。超遺伝子のはたらきで、姿と行動、遺伝子が結びついたノドジロシトドの暮らしぶりを紙工作でつくりながら想像し、進化の謎に迫ってみましょう。
参考文献
Nature Japan Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 2 News Feature 4つの性がある小鳥
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