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レンズはどのようにして作られるか
動物の身体はさまざまな部品からできているが、もとは受精卵という一個の細胞である。どのようにして一個の細胞が多種多様な部品をもつ成体に変身するのか。この発生と呼ばれるからだづくりのプロセスの近代的研究は、すでに100年以上の歴史をもつ。眼の重要な部品であるレンズについても、その黎明期から発生学者の興味を惹き続けてきた。
レンズを除いた眼の主要部分は脳の前方部分にできる膨らみ(発生の進行に応じて眼胞、眼杯と呼ばれる)に由来する。一方、レンズはこの膨らみと接する表皮の一部分から形成される。今世紀初頭にドイツの発生学者シュペーマンは、トノサマガエルの一種Rana fuscaの神経胚を材料に用い、将来眼杯となる部分を熱した針で灼き殺すという実験を行なった。するとレンズになるはずの表皮にはまったく手を加えていないのに、レンズも眼の他の部分もまったく形成されなかった。
ほぼ同じころ、アメリカ人ルイスが近縁のカエルRana pulustrisの胚で、眼杯を胴体の皮層の下に移植したり、逆に胴体の皮膚を眼杯の上に移す実験を行なったところ、いずれの場合も眼杯の上を覆う皮膚からレンズが形成された。これらの事実は、表皮がレンズになるためには眼杯(あるいは眼杯になる組織)の存在が必要であることを示している。表皮にはレンズになる発生運命がもともとは内在しないが、眼杯(あるいは眼杯になる組織)によってレンズになる運命を与えられるのだと考えるとうまく説明できる。
しかし、この仮説に合わない現象も少なくない。シュペーマン自身、別種のトノサマガエルRana esculentaを用いて同じ実験を繰り返したところ、今度は眼杯なしでも立派なレンズができるのを観察している。表皮の一部分がレンズになる道を選ぶプロセスは、それほど単純なものではないらしい。
眼のレンズの形成とep37遺伝子の発現
1 産卵後7日目。レンズの形成が始まる前。ep37は表皮の部分で発現している(濃い紫に染まった部分)。
2 8日目。将来レンズになる細胞が表皮細胞の分裂によって表皮の直下にできる。同じ表皮由来でも、この部分ではもうep37は発現していない(矢印)。
3 9日目。次第にレンズの組織が形成されていく(矢印)。
4 20日目。球状のレンズが完成。いずれも約90倍の顕微鏡写真。
最近われわれは、発生初期のイモリ胚から表皮で特異的に発現する新しい遺伝子(ep37と呼んでいる)を見つけた。この遺伝子はレンズができ始める前から表皮全体で発現を開始している。レンズができるときは、まず眼杯に接した表皮組織の細胞が分裂して、表皮直下にレンズ原基と呼ばれる平板状の組織をつくる。このレンズ原基が袋状のレンズ胞というものに変化し、さらに分化して光学的に透明なレンズになる。ep37遺伝子の発現の様子を眼のできる部分に注目して調べると(写真参照)、表皮ではずっと発現しているが、レンズ原基にはまったく発現が見られない。表皮からレンズ原基の細胞へと発生運命を変えた段階で、ep37の発現が止まると考えられる。この遺伝子の発現がどのように調節されているのか、それを調べることで、シュペーマンが2つの実験で得た正反対の結果の説明が可能になるかもしれない。
(たかはし・ただし/生命誌研究館主任研究員)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。