Special Story
細胞を作る
夜空の星を観察するとき、背景となる空が暗いほど多くの星が見える。だから東京や大阪の夜空は明るすぎてとても星を見る気になれないが、たまに人里を離れて田舎にいくと、あまりに美しい夜空の眺めに、びっくりさせられる。
ナノメーター(100万分の1ミリ)のスケールのリポソームや微小管などの超分子を見るのに使う暗視野光学顕微鏡もこれとよく似た原理を利用している。
見たい試料に斜めから光を当てる。この光は直接にはレンズに入らないので、背景は真っ暗である。そこに、試料の部分からのみ光が散乱して、まるで発光体のように光るのである。小さな試料の出す光だから、バックグラウンドが明るければ全然見えないが、まったくの暗闇の中で光るから、目にはっきり見えるようになる。
暗視野光学顕微鏡で見たバクテリアの鞭毛
(1)サルモネラ菌が泳いでいるところ。菌の本体は長さ2ミクロン程度だが、ハローのために大きく光っている。太さ20ナノメーターほどの鞭毛が、回転している様子がはっきり見える。棒線は10ミクロン。
しかも暗黒の中の輝点は、レンズを通る間に、にじみ現象によって大きく拡大される。この現象はハローといって、普通 の光学顕微鏡では像の輪郭がぼやける原因として、いやがられるものである。しかし、暗視野光学顕微鏡の場合には逆にこれを利用し、小さな試料から出た像を大きく拡大する。その結果 、ナノメータースケールのリポソームや、バクテリアの鞭毛(これもフラジェリンというたんぱく質が重合してできた超分子である)を見ることができるのである。理論的には光の波長よりもずっと小さいものまで見えることがわかっている。
従来、ナノメーターという小さなスケールのものを見るには電子顕微鏡しかなかった。ところが、電子顕微鏡で見るためには試料を固定したり、染色したりしなければならない。そのうえ、真空中で観察するために乾燥させなければならない。それでは、溶液中のリポソームのふるまいやバクテリアの鞭毛の動きは観察できない。暗視野光学顕微鏡なら、生体超分子を溶液の中の状態のままで観察できるという、大きな利点があるのである。
生きたままのバクテリアの鞭毛が、溶液中のpHの変化や、さまざまな薬剤にどのように反応するかを見たり、生体分子が自己集合する過程を直接見ながら、ビデオに撮って観察するということは、この顕微鏡のおかげで初めて可能になったのである。
暗視野光学顕微鏡で見たバクテリアの鞭毛。
(2)試験管の中で再構成した鞭毛。右巻きと左巻きの部分がつながっている。1ピッチ(山と山の間)は、大きいほう(左巻き) が2.3ミクロン、小さい方(右巻き)が1.1ミクロン。(写真=宝谷紘一)
(本誌・加藤和人/かとう・かずと)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。