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Special Story

細胞をつくる

細胞をつくる:宝谷紘一 名古屋大学理学部教授

細胞の形はどのようにして決まるのか? 人工の膜に骨格を入れただけの単純な構造体が、本物の細胞と同じような 形態を作ることがわかってきた。 一見複雑に見える細胞の形も、意外と単純な原理でできているのかもしれない。 人工細胞の合成へのステップとしても注目を浴びる宝谷教授の研究一一。

1.生体分子を直接見る

生き物の体は、細胞でできている。細胞は、さらに、核やミトコンドリアなどのいくつもの小器官を含む複雑な構造をもつ。

細胞の体の中でのふるまいを考えるとき、案外忘れられがちなのが、細胞内の構造が、時間とともにいかにダイナミックに変化しているか、ということだと思う。エネルギー生産のための小器官であるミトコンドリアは、5分として同じ形をしていない。分裂中の細胞では、じつに大規模な変化が起こる。

さらに驚くべきことに、細胞にこのような変化が起こるとき、しばしば、一つの構造体が、素材である分子のレベルにまでばらばらになって、もう一度作り直されるのである。

細胞の中のそういったダイナミックな動きは、いったいどのように制御されているのだろうか。多くの研究者が、さまざまな方法でこの問題に取り組んでいるなかで、私たちは、他の人たちとは少し違うアプローチをとっている。

それは、「直接に生体分子をみる」というものである。

ダイナミックに変化する細胞の様子を研究するには、とにかくそのものを見るがよいと思う。しかし一般 には、細胞に含まれる構造体は、たくさんの種類の分子からできているので、それをただ見ていても明快な答えは得られない。そこで、人工的ではあるけれども数種類の分子で実験できるようなモデル系を作り、そのふるまいを見ることから、もとの細胞の中で起こっていることを考えようというのである。

2.生体分子の自己集合一超分子の形成

私たちが、このようなやり方が有効だと信じるのには、一つの大きな理由がある。それは、たんぱく質などの生体分子が、自動的に集まって形を作る能力を持っていることである。素材となる分子をばらばらに試験管の中で混ぜ、適当な条件におく。すると分子同士が勝手に集合して、細胞の中にあるのと同じ規則正しい構造を作る。これを専門用語で「自己集合」の原理と呼ぶが、おかげで、単純化した人工の系でも、生体分子はさまざまなふるまいを示してくれる。しかもそのふるまいは、本来細胞の中で起こっていることを大いに反映しているのである。

こういった自己集合の原理に基づいてできた生体分子の集合体は、「超分子」と呼ばれ、筋肉の繊維やバクテリアの鞭毛、ウイルス粒子など、多くの例がある。

細胞膜や細胞内小器官のもつ膜の構成成分である、リン脂質という物質も自己集合する能力をもつことが知られていた。溶液の中に入れると、自動的に厚さ2分子の薄い層でできた膜を作り、しかも袋状の小胞子になる。この人工の構造体をリポソーム(リポ=脂肪の、ソーム=袋)と呼び、超分子のもう一つの例だが、私たちは、これを膜構造のモデルとして取り上げることにした。いったい、この小胞はどこまで本物の形を再現できるのだろうか。

3.リポソームのダイナミックな動き

溶液の中のリポソームの小胞は、厚さわずか5ナノメーター(20万分の1ミリ)の膜からなるもので、普通 の光学顕微鏡では、はっきり見えない。そこで、リポソームの溶液中のダイナミックな姿を見るために、暗視野光学顕微鏡というものを用いることにした("ナノメーターの世界を生きたまま見る"参照)。この顕微鏡の技術自体は古くからあったが、リポソームなどのナノメーターのスケールの超分子の形をみるために、照明システムや、ビデオカメラの改良などを工夫した。

このテクニックを用い、超分子の溶液中のふるまいを観察するのが、私たちが主に用いている研究方法で、とにかく生体分子を本物の細胞から取ってきて、人工的に再構成しては、ひたすら顕微鏡の下で観察しビデオに撮る。

溶液中のリポソームを初めて見たときも、それまで電子顕微鏡で報告されていたものとあまりに違うので驚いた。球形のものだけでなく、規則正しい多角形をしたものがいくつか見える(1)。 リン脂質だけからなるリポソームが、このような幾何学的対称性の高い形をしていることは、予想外であった。

さらに、リポソームはずっと同じ形をしているのではなく、時間とともに変化していくことに気がついた。初めは、赤血球のような円盤型をしたものがほとんどで、そのうちに多角型のものが混じった状態になり、30分もすると柔軟で細長い繊維型と小さな球型の2種類だけになってしまう。ビデオの映像を見ていると、まるで生き物のようだ。

(1)暗視野光学顕微鏡で見た溶液中のリポソーム。球形のもの以外に、独特の形をしたものがいくつも見える。棒線は10ミクロン。

リポソームの形が時間的に変化するのは、顕微鏡で観察中にリポソームを入れた溶液から水が蒸発して、浸透圧が変わるためだということが、しばらくしてわかった。それを考慮に入れ詳しく観察すると、リポソームの変化には4つのパターンがあり、初めの赤血球型から、次に三角形、四角形、五角形、楕円形のいずれかを経て、最終的には、細長い繊維状か小球になることがあきらかになった("リポソーム(人工の膜でできた小胞)の規則的な変化の様子参照)。初めに実験に使ったリポソームは、完全に人工のものであったが、同じことが本物の細胞からとってきた膜にもいえることを確認した。私自身の赤血球と原生生物の一種(渦鞭毛虫)のどちらでも、膜のふるまいは基本的に同じだった(2)
 

(2)実際の細胞膜からつくったリポソームの形態変化。球状から次第に突起をもった形へ変化する。
-a 鞭毛虫の一種(Dinoflagellate) 。 -b ヒト(宝谷博士) の赤血球。
赤血球については、内部をたんぱく質分解酵素で処理し、膜成分だけを観察している。完全に人工合成したリポソームに比べ突起がの数が多いのは、不純物が多いためと考えられる。

こうした研究からわかるのは、結局、膜構造が規則的に変化していくのは、膜そのものがもつ性質のためだ、ということである。しかも、実験で見た多様な構造は、実際の細胞の中でも頻繁に見られる。つまり、細胞内で膜をもった構造体がダイナミックに変化するときにどんな形をとるかは、膜そのものがもともと取り得る形の中から選ばれているのかもしれない、ということを示唆している。

4.骨格をリポソームに入れる

リポソームのふるまいの研究を始めると同時に、自己集合する分子として、あるたんぱく質の研究を始めた。それは、チューブリンといって、微小管という細胞内の繊維構造の構成たんぱく質である。微小管は、何種類かある細胞内の繊維状の骨格超分子のうちで、もっとも太いもので、他のものに比べはるかにダイナミックに変化する。

細胞の中の膜構造と微小管の分布を見ると、膜の構造があるところには必ず微小管があるように見える。それで数年前に、試験管の中のリポソームに、微小管のもとであるチューブリンを入れてみたらどうなるだろうかと思いついて、実験を始めた。

チューブリンのたんぱく質溶液に乾燥リン脂質を入れてまぜる。すると、自己集合によってリン脂質は自然に袋状の小胞、つまりリポソームを作るが、これを低い温度で行うと、チューブリンはばらばらのままリポソームに取り込まれる。そこで温度を上げると、リポソームの小胞の中でチューブリンが重合し、繊維状の微小管が次第に長くなっていく。

すると、予想していなかったことが起こった。

チューブリンが重合して伸びていき、リポソームの膜に突き当たるくらい長くなったとき、押された膜がただ単に伸びるのではなく、押された部分を根元にしてチューブ状になったのだ。ゴムのボールを内部から押してみると、押された部分から全体に張り出していく。しかし、リポソームの場合は、自分から勝手にチューブに変換してしまった(人工細胞(!?)のさまざまな形(4)参照)。このことは、骨格を作るたんぱく質は、実際の細胞の中でも、このように膜の形態を変化させるきっかけとなったり、できた形を安定化させるのにはたらいているという 可能性を、強く示唆している。

この実験を、リポソームが溶液に浮いたままで行うと、中でできた何本もの微小管は自由に回転できる。すると、同じ方向を向いたほうが抵抗が少ないので、全部が同じ向きに伸びる。その結果 、見事な二極性のリポソームができるのである(人工細胞(!?)のさまざまな形(4)参照)。一方、リポソームをガラスのような表面に付着させた状態でこの実験をすると、微小管が回転できなくなって、いくつもの角が、放射状に生えた形になる(人工細胞(!?)のさまざまな形(1)~(3)参照)。

微小管を取り込んだリポソームは、本物の細胞と比べるとはるかに少数の物質でできており、とても細胞とは言い難い。しかし、驚いたことに、これらのリポソームの形には、本物の細胞そっくりのものがいくつもあるのである。たとえば、二極性のリポソームの形態は、白血球の一種に非常によく似ている。また、小腸の上皮や耳の音を聴く細胞にあるような小さな突起も、一つ一つを見れば、やはりこのチューブにそっくりの形をしている(本物の細胞と比べて見る参照)。それぞれの突起がよく似ていることも驚きだが、こんなにたくさんの突起が狭い空間に並ぶことができるのは、おそらくリポソームと同様、これらの細胞の膜が根元でチューブに変換しているからだと考えるとうまく説明できる。また、放射状のリポソームは、組織培養中に底面 に付着して動き回っている細胞の形に、そっくりである。

今の段階では、まだはっきりとした結論は出せないが、リポソームと微小管のふるまいから、細胞の基本的な形態は、外側を取り囲む細胞膜と、微小管のような骨格構造の組み合わせという単純なことで決まっているのかもしれない、ということが考えられる。現在私たちは、チューブリンとは異なる性質をもつ別 の骨格たんぱく質であるアクチンを、単独で、あるいはチューブリンと一緒にリポソームに入れるという実験を進めている。

5.細胞が生きているということ

現代の生物学では、遺伝子レベルの研究が進み、DNAにどのように遺伝情報が書かれていて、それがどのように発現するかが次々と明らかになっている。けれども、実際の細胞の中は、DNAは第一歩にすぎないという印象をもってしまうような、とてつもない世界である("できてはこわれる細胞の骨組み"参照)。生体膜や細胞骨格を研究している者の立場からすると、細胞がとりあえず生きていくためには、ダイナミックに変化している膜構造と、それをコントロールする構造たんぱく質の絶え間ない相互作用のほうが、DNAよりもより本質的なもののように見える。

こういった研究の延長で、本物の細胞は作れるだろうか?人工の超分子リポソームは、形のうえでは細胞と同じようなふるまいをする。しかし、そこには本物の細胞のような自己複製をする能力はもちろんない。構造としての細胞ならかなりの程度、再構成できるであろう。将来は、赤血球のように、増殖することはできないが秀れた単一機能をもつ人工細胞が作られるであろう。しかし、真に「生きている」と呼べるような細胞をつくるには、DNAのような遺伝情報が必須であるが、それはまだ夢のまた夢である。

リポソーム(人工の膜でできた小胞)の規則的な変化の様子


時間とともに、左から右へと変化していく。(写真=宝谷紘一)

人工細胞(!?)のさまざまな形

(1)~(3):ガラスの表面に付着させたリポソーム中で微小管を重合させると、放射状の形ができる。
(4):リポソームが自由に動けるときには、重合した微小管は同じ方向にそろってしまい。二極性(bipolar)の形ができる。
(5):微小管とは別の骨格たんぱく質、アクチンをリポソームの中で重合させた例。この条件のもとでは、時間とともに端の部分が馬蹄型になった。

本物の細胞と比べて見る

(1):まるでパイプオルガン?内耳コルチ器外有毛(がいゆうもう)細胞の聴毛(ちょうもう)(この毛が振動して細胞は音を感知する)。電子顕微鏡写 真。実物の6000倍。 (写真=広島大学・原田康夫)
(2):ラットの十二指腸で、栄養分などを吸収する吸収上皮細胞の微柔毛と呼ばれる突起の電子顕微鏡写 真。実物の3万5000倍。 (写真=鳥取大学医学部・井上貴央)
これらの突起は、細胞の表面から膜がチューブ状に飛び出したものだと考えることができる。その一つ一つは微小管の成長によってリポソームが作るチューブ状の突起によく似ている。

宝谷紘一(ほうたに・ひろかず)

1940年神戸市生まれ。神戸大学理学部物理学科卒業後、名古屋大学大学院 で学ぶ。京都大学理学部生物物理学教室助手、助教授を経て、 89年帝京大学理工学部教授。この間ニューヨーク州立大学客員研究員、 エール大学客員教授を歴任。91年から現職。

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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