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Experiment

実験室のキメラたち

青山裕彦

キメラ―それは、頭はライオン、体は羊、そして尾は蛇の怪物。ギリシャ神話でいうキマイラである。ところが、キメラは現在、神話の世界を飛び出し、現実の世界で息づいている。


生物学的にキメラを定義すると、一個体の中に、別々の親に由来する組織がともに存在する生物、となる。動物でキメラを作るには、哺乳類なら子宮、鳥類なら卵の殻の中にいる小さな“赤ちゃん”(胚)から組織の一部を取り出し、別の胚に移植するのである。移植した部分はその個体の一部となって、ともに成長していき、キメラ個体ができあがる。さすがにライオンと蛇を合わせたようなキメラはできないが、同種はもとより、たとえばニワトリとウズラといった異種間でもキメラができる。
 

ニワトリとウズラの卵。卵の大きさはこんなに違うが、初期のころの胚は、ほぼ同じ大きさをしている。

私たち生物学者は何のためにキメラ動物を作るのか?決して怪獣や新種のペットを作るつもりではない。それは、卵からどうやって体が形成されていくかを知ろうとするために、キメラが有力な研究手段だからなのである。

10年近く前のことになるが、私たちは、体の筋肉がそれぞれどこからできるかを知りたいと思っていた。筋肉は、神経の刺激によって収縮する。このとき、どの神経がどの筋肉を支配するかはほぼ決まっている。ある特定の神経がどうやってその相手の筋肉を見つけ、それと結合するのか?体や手足の筋肉は、発生初期にのみ現れる体節という構造からできる。私たちは体節を標識して、それがどの筋肉を作っていくことになるかを追いかけ、同時に、それにいつ神経が結合するのかを見ようとしたのである。
 

移植手術をしているところ。

まず、体節をいろいろの物質で染めようとした。墨をはじめ、いくつかの物質を試してみたが、体節は若い組織で、細胞分裂が盛んなため、染色物質が分散して薄くなり、やがて検出できなくなる。最近でこそ、もっと感度が高く、しかも胚にダメージを与えることの少ない蛍光色素が開発されてきているが、当時はそのようなものがなかった。代わりに、ウズラ胚の体節をニワトリ胚に移植してキメラ胚を形成し、そこでウズラ細胞の成長の行方を追跡することにした。

これは、フランスのニコル=ルドワラン(11ページ参照)が発見した画期的な方法である。ウズラの細胞は、特別に大きな異質染色質(DNAがとくに凝縮している部分)をもっており、ここを染めることによって、ニワトリの細胞とはっきり区別できる。このやり方なら、移植したウズラ細胞がニワトリの組織内に分散していても簡単に見分けられるのである。

なぜ私たちが、このようなすばらしい方法を最初から採らなかったか?それは、移植手術に恐れをなしていたからである。直径がせいぜい0.1mmの体節を1個ウズラ庇から取り出し、それをそのままニワトリの胚の相当する部域へはめ込む。なんと難しそうなことか。やってみると、とにかく移植することは何とかできた。しかし取り出した体節は、どちらが頭かどちらが背中か、さっぱりわからない。

 

ウズラ胚から体節を取り出す前。中央を走る神経管の両側のブロック状の構造が体節。

どう見ても向きがわからないということは、ひょっとして体節には向きなどないのではないか?今度は、向きがはっきりわかるように3つ連なった体節を、頭と尻尾を逆にして移植してみた。体節に向きがないという期待は裏切られた。鳥の肋骨にはとげ(鉤状突起)が生えている。キメラ胚ではこの突起が正常とは逆に、頭のほうに向かって生えていたのである。体節からは、筋肉以外に椎骨や肋骨といった骨格も形成される。よく調べてみると、椎骨にもまた頭と尻尾が逆になった形のところがあった。移植したウズラ細胞がどこにあるかを調べると、ちょうど頭尾が逆転した骨格に相当していた。つまり頭と尻尾が逆になった体節からは、やはり頭と尻尾が逆になった骨格が形成されたのである。

一見、単なる球のような体節にもちゃんと頭と尻尾があった。発生学の用語で、ある細胞や組織が、ある特定のものにしかなり得なくなった状態を“決定された”という。体節は、将来どのような形の骨格を形成するか、すでに決定されているといえる。これはキメラを使って初めて明らかにされたことである。
 

取り出した体節。ここでは3つの体節と、体節に分節する前の体節板とがつながっている。

さらに、この決定が周りのどの組織の影響で起こるか、という問いに対しても、キメラを使った実験が考えられる。たとえば、体節の頭尾を決めるのが、左右の体節の間にある神経管(脳や脊髄の原基)であるかどうかを知るためには、まだそれが決定されていない時期に、神経管の頭尾を逆転させてみるとよい。もし頭尾の逆転した骨格が形成されてくれば、体節の頭尾を決めるのが神経管であることになる。

キメラは細胞を標識して、それを追跡するためにも有効であったが、それ以上に、胚の各部の発生運命がいつ決定するか、そしてその際、ある組織が別の組織にどのようにはたらきかけるか、を解き明かすのにきわめて有力な手段なのである。

ところで私は、じつは、キメラの逆向きに生えたとげを見た瞬間から、神経と筋肉のことをすっかり忘れてしまい、以来、骨の形がどうやってできていくかの研究にとりつかれたままなのである。

 

移植直前。3つの体節がつながった組織片をニワトリ胚に移植するところ。

ニワトリ胚にウズラの組織がはまった。このまま卵の殻に蓋をして成長させる。

(左)体節を、頭尾逆に移植すると、肋骨に生えたとげが逆になる(矢印)。
(中央)もとの向きに移植したサンプル。
(右)肋骨のある部分の体節を、ない部分に移植すると、本来肋骨のない部分に肋骨ができる(矢印)。

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