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BRHサロン

ラテン科学の洗礼

高橋淑子

「職無しで日本を出るのなら、あっちで骨を埋める覚悟で行くように」

「やったあ!どこで(骨を)埋めようかなあ?」

京都大学の博士課程終了後、フランスに出発する直前の、研究室の教授と私の会話である。日本での職もなく、たまたま来日中のフランスの発生生物学研究所長のルドワラン教授の「私のところで研究をやってみる気はないか?」の一言にころりと参ってしまい、行くことにした。それからやおらアー、べ-、セーが始まった。

ルドワラン教授と。パリで。

期待に胸を膨らませたのも束の間、フランスではフランス語地獄(これは当然)と、わけのわからないラテン文化が私を襲った。今の日本がいかにアメリカナイズされているかを物語る。“女帝”ルドワランと私のようなヒヨコでは勝負にならないが、それでも顔を真っ赤にしながらも全力で彼女に挑戦できたのがうれしかった。時には女帝の倣慢さに激怒し、時には偉大な女性科学者の前で頭が下がった。

一時代前のヨーロッパの階級社会で、女性として肩をいからせ、力づくで進んできた彼女の肌から、生の力がにじみ出る。そしてその分、彼女は私たち若い女性に対して容赦なしに多くのものを望んでくる。のらりくらりしていると彼女の苛立ちは爆弾となって襲う。彼女との議論中、ある一言が私に生を吹き込んだ。「他人にできることをなぜあなたがやる必要があるのか。自分自身で新しいことを見つけなさい」

3年後にアメリカに移ったとき、日常生活のうえでは、まるで母国に帰ったような気がした。しかし何か物足りない。アメリカ独特のファッション的ともいえる科学の在り方に違和感を覚えざるをえなかった。枯れた頭から一滴でもアイデアを搾り出し、他人が何と言おうが自分の味付けをする、そんな個人主義的精神はやはりヨーロッパでないと育たないのだろうか。

日本では両者のカラーが何となく混ざりあって、それなりにユニークな色を呈している。結局骨を埋める場所はまだ決めていないが、フランス、アメリカの後、私はどこにも属していない自分を見つけた。そして現在、たまたま日本にいるのである。

(たかはし・よしこ/北里大学理学部講師)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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