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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.07.04

戦争がなくならない理由を探さず、なくなる考え方を提案します

30年かけて「生命誌絵巻」がさまざまな分野に広がってきたと実感しています。生きものたちを「上から目線」でなく「中から目線」で見ることの大切さを、多くの方が自分のものにして下さるようになりました。

30年たった今、絵巻の中のヒトを日常の暮らしの中の人間として見ることの大切さを強く感じています。そこで描いたのが「私たちの中の私」という図です。
 

社会の中での人間を考えると、「個」の重要性が浮かび上がり「私」が中心になります。もちろん私は大事ですが、生命誌では「私はいつも私たちの中にいる」のです。生きものなのですから両親なしに私は存在しません。私は決して一人ではないのです。ところで「私たちの中の私」を認めると、通常思い浮かぶのは図の一番下、つまり「私たち家族の中の私」になり、そこから私たち地域仲間の中の私、私たち日本人の中の私……というように広がります。

生命誌はそうではありません。まず「私たち生きものの中の私」から始めます。生きものの一つとして人類がある、その中に日本列島に住み日本人として暮らす仲間がいる・・・このように外側から内へと入っていきます。

戦争について考えているうちに、この意味は大きいということに気づきました。人間はなぜ戦争をするのかという問いに対して、こんな答えが出されています。人間はそもそも強い存在ではない、いや弱いのです。二足歩行を始めたのも弱かったからではないかと思えますし、世界中に広がった理由もそこにありそうです。弱い人間を支えるのは「共感」です。共感こそ人間の特徴、すばらしいことです。それなのになぜ戦争をするのだろう。当然生まれる問いです。それに対しては、共感を抱き合うのは私たちの中であり、「私たち」以外の人とは戦うのだという答えが返ってきます。仲間への共感が強ければ強いほど、仲間を守るために戦いは激しくなる。これが戦争がなくならない理由なのだと説明されます。なるほど。でも、それで納得していていいのかな。

生命誌は「私たち生きものの中の私」から始めます。人類はその一部であり、それぞれの国の人々は人類の一部です。「私たち生きもの」という形で人間の特徴である「共感」を持てば、戦う相手はいません。地球上の生きものは祖先を一つとする仲間であり、人間もその中にあるという事実がここで活きてきます。

「私たち生きものの中の私」から始めれば、共感が戦争につながることはなくなります。こうして、人間が持つ共感力を思い切り活かし、戦争などせず、皆が気持ちよく暮らす生き方が見えてきました。これを広めるのが生命誌の役割です。世界のリーダーたちに「私たち生きものの中の私」を伝えたい。今思うことです。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶