1. トップ
  2. 語り合う
  3. 【浦島太郎よりご挨拶】

表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

【浦島太郎よりご挨拶】

2016年6月1日

室園 純子

はじめまして。4月から展示ガイドスタッフを務めさせていただくことになりました室園純子です。といっても実際のガイドは未経験で、現在は先輩ガイドスタッフのガイドを聞いたり、展示を眺めたりしながら研修の最中です。

私が初めて生命誌研究館を訪れたのは20年近く前のことです。幼少の頃より住んでいた高槻の地に興味深い施設が出来たと知り、ふらりと見学に来ました。当時の私は製薬会社の研究所に就職して数年経ち、仕事の楽しさ・難しさ、いろいろなものを感じていた頃ですが、まるで異空間のような生命誌研究館の雰囲気に、なんとなく憧れの気持ちを抱いたことが最も強い印象として残っています。

製薬会社に入社した1991年頃の新薬開発は、細胞を使った実験系や疾患モデル動物において、効果があるかないかで候補薬物をスクリーニング(注)するのが主流でした。作用メカニズムはのちに解明され、その薬に反応するタンパク質が新たに発見されることもありました。やがて遺伝子関連技術が進歩し、1990年に始まったヒトゲノムプロジェクトの進行に伴い、ヒトの病気に関与する分子やその働きが徐々に明らかになっていきます。新薬のスクリーニングは、ゲノム情報に基づいて、最初から特定のタンパク質分子の働きを阻害するというような目的をもって行われる手法(ゲノム創薬)に大きく変わろうとしていました。ところがヒトゲノムの解読に民間企業が参入して遺伝子の特許が申請され、遺伝子を用いた研究が自由にできなくなるのではと職場では危機感・不安感が漂っていました。また、企業ではなかなか結果の出ない研究は続けられないため、常に何かに追い立てられているようで視野が狭くなりがちでした。生命誌研究館は、生命誌という大きな河の流れの中のほんの小さな自分を束の間感じられる場だったのかもしれません。

それから時は流れ、研究の仕事を離れてから10年以上が経過しました。ふと思い立ち、今年3月に息子たちを連れて久しぶりに生命誌研究館を訪れました。「ハエとクモ、そしてヒトの祖先を知ろうラボ」の一日オープン・ラボが開催されていて、研究室の中を見学してクモへの餌やりなどを体験させていただきました。研究内容を丁寧に説明してくださった秋山-小田康子研究員のお話の中で、最新のDNAシークエンサーではヒトゲノムがたった1日で読めてしまうということを聞き、まさに浦島太郎の気分でした。

そのときがきっかけとなり今このようなご縁をいただいて、幅広く、奥深く、盛りだくさんの美しい展示を前に、生命科学と出会った時の新鮮な驚きの気持ち、生き物の不思議さ、生命の神秘…、いろいろなものが心に湧き上がり、また勉強ができるという喜びの気持ちもあります。

なにせ浦島太郎ですからまだまだ説明はうまくできないと思いますが、来館された方々と、私が展示の前で感じた気持ちを共有したり、生命の繋がりについて一緒に考えたりできたらと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

(注)スクリーニング=ふるいにかける
合成化合物や、カビ・植物などから抽出・精製した化合物など、多数の化合物を試験して、目的とする作用が強いものを選び出すこと。

[ 室園 純子 ]

表現スタッフ日記最新号へ