展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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ただ見る
2013年5月1日
10年ほど前から書を習っています。もちろん家のあちこちには、先生が書いた手本が所狭しと貼ってあります。日常、何気なく良い書を見て目を肥やすことは、シェフが美味しいものを食べて舌を磨くのと同じく、とても大切な鍛錬法と思っているからです。でも困ったことに、最近は僕よりも家内の目が肥えてきて、僕の書を厳しい目で眺めるのです。
さて、僕がついている先生は変わった教え方をしていて、自分の前で書かせることを一切しません。ただ、先生の前に座って手本が書き上がるのを待っているのです。それを自宅に持ち帰って、ああでもないこうでもないと自習をするのです。ある時そんな時間に耐え兼ねて、手本を書いている先生にいろいろと問いかけたのです。すると先生はこう答えられました。「まずは静かに観ていてください」。
これまで僕が受けてきた学校教育では、質問をすることが良しとされてきました。どんどん尋ねて、その場で疑問を解くことが何よりと教えられてきたのです。面食らった僕は、でも先生のアドバイスに従って、大人しく先生が書く様子を眺め始めたのです。すると、半紙の上を進む多彩な毛の動きが見え出し、さらに、筆を動かす先生のカラダの動きまでもが視界の端に入り始めたのです。言語という網の目でしかこの世界を捉えられないとソシュールは看破しましたが、僕の場合も言葉を抑えることによって、それまで見えていなかったものが立ち現れてくるような体験でした。
生命誌研究館の1階ホールに、「生命誌マンダラ」が姿を現しました。そこに描き出そうとしている作者の意図を探さずに、まずは「ただ見る」ことをしてみてください。その行為は、見ているモノにあなたを映し出してもいるのです。