1. トップ
  2. 語り合う
  3. 【研究の海から、表現の陸へ】

表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

【研究の海から、表現の陸へ】

藤井文彦  はじめまして。この4月から「表現を通して生きものを考え」始めたばかりの藤井です。よろしくお願いします。
 今日は初のご挨拶なので、当館にちなんで「私の生命誌」を始めにご紹介したいと思います。私は、京都と鯖街道でつながる若狭湾の小浜市に生まれました。学生時代を札幌で過ごした後、大阪に移り、そして現在はウイスキー蒸留所がある京都の大山崎で暮らしています。その昔、若狭湾の敦賀から小樽までは北前船が往来し、大阪湾からも大山崎の横を流れる淀川を遡って物資が京に運ばれていたそうです。そんな時間軸の異なる歴史と自分誌を同じ空間軸で重ね合わせると、少し違った面白さが立ち現れます。
 札幌と大阪では、光を使って「生きものをみる」研究を行っていました。札幌では、光の吸収を使ってミトコンドリア内の酸素濃度を、光の散乱を使って低酸素状態の脳を診ていました。大阪では、蛍光を発するナノメーターサイズの粒子を使って、細胞表面の分子の動きを観ていました。研究で得られる知は細分化された大変精緻なものですが、一方で私たちの周りにあるものを全て据えている訳ではありません。そのように研究からこぼれ落ちたものを、表現の網を使って掬い上げてみたいと思いました。
 私にとって研究から表現の世界への転身は、あたかも生きものが海から陸へと上陸するときのような心境でした。陸には乾燥や紫外線の脅威があるように、表現の世界にも私が体験したことのない困難がありそうです。そんな波打ち際にいる現在の私は、周りの皆さんに支えられ、鰓は張っておりますが少しずつ肺呼吸を始めました。酸素分子は大部分の生きものにとって必要不可欠なものですが、その昔は有害きわまりないものでした。生きものが多様化したその陰には、酸素の使用や陸への上陸などのたくさんの「常識を疑う」挑戦があったことでしょう。そんな生きものの挑戦を見習い、「表現を通して生きものを考える」ことに挑んでみたいと思います。

[藤井文彦]

表現スタッフ日記最新号へ