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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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【NGSが昆虫類の系統関係解明に革命をもたらせるのか】

2012年11月1日

蘇智慧

前回のラボ日記の内容と少し関連しますが、もう少し内顎類昆虫の系統関係の話がしたいと思います。実は8月下旬に韓国の大邱で開催された国際昆虫学会の第24回大会に参加してきました。[Origin and early splits of hexapods]というシンポジウムがあり、そこで内顎類昆虫の系統進化について多くの発表と議論がありました。中では、次世代シークエンサー「NGS (next-generation sequencer)」を用いて大量の遺伝情報を使った発表は注目を集めました。

近年、NGSは普及してきており、それ程コストをかけなくても大量の遺伝情報が得られる時代になりました。待望だったNGSの系統進化の研究分野への応用も見えるようになりました。全ゲノム情報を使えば、これまでの困難な問題が一気に解決できるのではないかとの期待が膨らみます。果たしてNGSが系統進化の研究において革命をもたらすことができるのでしょうか。

昆虫類の系統関係について、これまで多くの研究者の努力によって明らかになったことは少なくありません。私たちも3つの核遺伝子を用いて昆虫類の系統関係を解析したところ、多新翅類の単一起源やネジレバネと甲虫類との姉妹関係などが明らかになりました(HP参照)。しかし、昆虫類の系統関係における不明なところがまだ山積しているのも事実で、その分、NGSに対する期待が大きいです。冒頭で述べた、大邱大会でNGSデータによる発表が注目を集めたのもNGSへの期待の大きさを如実に反映しています。

しかし、その結果は必ずしも期待に応えたものだったとは言えないと思います。内顎類昆虫の3目(カマアシムシ目、トビムシ目、コムシ目)の関係の混乱ぶりは依然として改善されていません。3目の関係は3通りの系統樹が考えられ、つまり、①(カマアシムシ目,トビムシ目+コムシ目)(解釈:トビムシ目とコムシ目が近縁関係で、カマアシムシ目はそれらの外群になる。以下同様)、②(トビムシ目, カマアシムシ目+コムシ目)と③(コムシ目, カマアシムシ目+トビムシ目)です。NGSを用いて得られた大量遺伝情報による解析の結果、ある特定の系統樹だけが支持されたのではなく、遺伝子によっては3つの系統樹とも支持を受けていることが判明しました。つまり、一部の遺伝子は①を、一部の遺伝子は②を、一部の遺伝子は③を支持していました。どの系統樹が真実を反映しているのか、不明のままです。

勿論、この結果をみて悲観になる必要も全くありません。大量の遺伝子情報を使って難問を解明した例もあるので、NGSを利用して大量の遺伝情報を得たうえ、系統解析に用いるアプローチはこれから重要性を増やしていくことが間違いないと思います。私がここで言いたいことは2つあります。1つ目は大量の遺伝情報を使えばどんな難問でも解ける過剰な期待を持たない方が良いと思います。大量の遺伝情報を使う場合、具体的にどんな遺伝子を使っているのかが不明である欠点があります。2つ目は従来の具体的な遺伝子情報を使った解析はこれからも必要であり、信頼のある結果を得ることも可能だと思います。

[ DNAから進化を探るラボ 蘇智慧 ]

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