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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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【パラダイムシフトと科学用語の誤用】

2012年10月1日

尾崎克久

山中教授が研究されたiPS細胞作成法が、ノーベル賞を受賞したというとても喜ばしいニュースがありました。iPS細胞の「分化済みの細胞を初期化することによって、またどんな組織にでも成り得る」という特性を活かして、これまでの方法では治せなかった病気や怪我を治療したり、様々な生命現象のより深い理解に繋がる可能性に期待できますし、実際に様々な応用的研究も世界中で進んでいます。

まさに、「パラダイムシフト」です。iPS細胞の有用性や将来的可能性を考えれば、発見から異例の短期間でのノーベル賞受賞も半ば当然のことでしょう。(ただし、あらゆる医療にiPS細胞が使われるようになるという意味ではありません。十分な実績のある薬剤投与等で治る病気の場合、これまでどおりの治療が行われます)

パラダイムシフトという言葉は本来、「ある科学分野に、それまで常識とされていた共通認識がくつがえるほどの劇的な変化が起きる」という意味です。つまり、「科学革命」です。

ところが、最近はこの言葉がかなり拡大解釈されて使われているように感じます。上記の【科学分野】という部分を【時代】とか科学に限定しないで【特定の分野】という意味に拡大するくらいなら特に問題ないように思いますが、単に「発想の転換」とか「斬新なアイデアを出す」といった程度のことにまでパラダイムシフトという言葉が使われているのには激しく違和感を感じます。というより、個人的には誤用と言ってよいと思っています。

同様に、「進化」という言葉も、本来の意味とは異なって使われている科学用語の代表ですね。おそらく、新聞やテレビ等で見聞きしたり、日常生活の中で使われたり、ポケモンで遊んだことがあるほぼ全ての人達は【改善する】【好ましい方向に変化する】【成長する】という意味で「進化」と言っているのではないでしょうか。
「進化」という言葉の本来の意味は、「世代交代を繰り返すうちに蓄積した変化が、特定の集団で共有される」となります。つまり、一世代の中で起きた変化は「進化」ではありませんし、「改善」というニュアンスも含まれません。もし、研究について議論をしているときに、「このような進化があったことが認められる」という説明を「ほお、そんな改良があったんだ」と解釈されてしまったら、話しが噛み合わなくなってしまいます。とはいえ、これほどまでに普及して一般的に使われるようになった「進化」という言葉の意味を「本来とは違うのだよ」と力んでみたところで、もはやどうにもならないと思うので、生物学の方の「進化」を別の言葉にする必要があるでしょう。

こういった誤解とは別の問題ですが、研究者間で若干解釈が異なってきているため、気をつけないと誤解が生じてしまう可能性が「ゲノム」という言葉にはあります。これは次世代型シーケンサーの圧倒的な技術革新速度によって、近年に爆発的に情報量が増えて、理解できることも飛躍的に増大したことが原因で、少し前に考えられていた定義では収まりきらなくなってしまったために起きています。ゲノムをキーワードに、生物学では今まさにパラダイムシフトが進行中で、今後5〜10年位に起きる変化はiPS細胞の開発に遜色のないほど革命的なものになっていくと予想され、研究に取り組む体制から言葉の意味まで大きく変わりつつあります。

生物学に関わる人は、最新の情報と知識と技術にしっかりアンテナを張っておかないと「ヤバい」ことになりますね。あ、僕らの世代は「取り返しがつかないような最悪の状態」といった意味で【ヤバい】と言うのですが、少し下の世代の人達は「とても美味しい」とか「めちゃくちゃ気に入った」といった良い意味で【ヤバい】というのですよね。なかなか馴染めないです。というわけで、「うわ〜、最悪だな」という意味で「ヤバイな!」と言った時に、若い人に「ちょーいいね!」と解釈されたら困るので、言葉の意味の変化には気を使います。これも小さなパラダイムシフトなのか?

[ チョウが食草を見分けるしくみを探るラボ 尾崎克久 ]

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