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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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歴史は勝者の記録?

2017年3月1日

生命誌を始める時、historyについて藤沢令夫先生に教えていただいたということは、いろいろな所で書きました。ギリシャ語辞典を開き、①調べる、②誌す、③歴史とあることを見せて下さったのです。まさに生命誌(Biohistory)で生きものについて行ないたかったことでしたので、嬉しかったことを覚えています。

先日、これに加えて興味深いことを知りました。世界初の歴史書とされているのが、B.C.480年にヘロドトスが著した「historiai」です。内容はペルシャの艦隊のギリシャ攻撃です。スパルタ軍を粉砕し、そこから攻め込まれたアテネも焦土と化して、これで終りかと思った時、サラーミスの海戦でギリシャが奇蹟的に勝利し、ペルシャ軍は本土に逃げ帰ったという記録です。著者はこのタイトルを、「私が実際に見たこと、調べたことを書く」という意味でつけています。神話や伝説を語り伝えるのでなく、自分の見聞を正確に誌すという新しい動きです。まさに藤沢令夫先生が教えて下さった①です。

こうして「歴史」という分野が生れたわけですが、最初の例が戦争の記録、しかも勝者の記録だったからでしょうか。ほとんどの歴史は戦いを中心に戦いに勝った者の視点で書かれているような気がします。生命誌を「史」ではなく「誌」にしたのは、多様な生きものの多様な状態、多様な視点を描きたかったからです。人間が勝者であるかどうかには?がつくとしても、自然を人間の眼で見てきたことは確かであり、それだけでは自然は見えないと思ったのです。ユクスキュルの環世界と重なります。最近歴史があまり好きでなくなり、大河ドラマも見ないのですが、どうも戦争と勝者へのアレルギーのような気がします。「坂の上の雲」も含めて。大衆の歴史を描こうとして女性にも眼を向けるアナール派も出てきていますし、勝者の視点でない歴史として「誌」を描いていこうと改めて思っています。

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