館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【アンチ・アンチエイジング】
2012年6月1日
「万年爺さん」。なんと失礼なと思われそうですが、我が家で数十年使い続けてきた言葉です。最高の尊敬と愛情をこめて。
先週の土曜日、愛聴しているNHKFMの「名曲のたのしみ」はシューベルトでした。最後に解説吉田秀和さんのちょっとぶっきらぼうな「じゃ、また」を聞いて間もなく、インターネットを見ていた家人の「おじいさん亡くなったみたいだよ」の言葉に驚きました。5月22日に急性心不全で亡くなっていたとのニュースでした。98歳。放送はもちろん録音だったのでしょう。残念ながら、「また」はないことになってしまいました。この番組、確か1971年に始まったと思います。計算するとその時吉田さんは58歳。30代から音楽評論で鋭い筆を奮っていらしたこともあり、私たち若造から見ればすでにその時老成した知的巨人に見えました。以来ずっとその音楽評論や紹介を楽しんできましたが、家の中での愛称がいつか「万年爺さん」となったのです。最初からお爺さんのイメージで、しかも長い間の御活躍でしたから。
実はもう一人。やはりNHKFMで「音楽の絵本」という、随筆の朗読が入るすてきな番組を1965年から続けていらした串田孫一さんも同じ名前でお呼びしていました。2005年に89歳で亡くなられてしまいましたが、ペイネの漫画との組合せで思い出される詩や随筆は、本当に味わい深いものでした。
今はアンチ・エイジングが盛んで、おじいさんやおばあさんはマイナスの存在のように言われます。でも「万年爺さん」、とてもすてきだと思うのです。串田孫一さんや吉田秀和さんのような、なんとも言えぬ品があり魅力のある存在も、そういう方と接することのできるすてきな番組も少なくなってきたようで残念です。皆んな変に年齢に逆らわずに暮らし、テレビやラジオももっとゆったりとした味のある、そして品のある番組を作ってもいいのにと思っています。
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