館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【攻めの姿勢だけでなく】
2010.9.15
DNAが遺伝子で、変異はDNAのATGCのどれかが変化することで起きることがわかり、一つの遺伝子に変異の起きる確率は10万回から1000万回の分裂あたり1度ということもわかってきました。そこで、このような稀な事柄の積み重ねで進化は起きるのだと思い込んでいたところに登場したのが多剤耐性菌でした。結核の特効薬であるストレプトマイシンに耐性菌が現れたのでカナマイシンを開発、これでよしと思ったらカナマイシンの耐性菌はもちろん、ストレプトマイシンとカナマイシン共に効かない菌が出てきました。もし、10万個から1000万個に1回の頻度の変異が二度起きるのだとしたら確率は100億分の1から100兆分の1となり簡単に両方への耐性が出るはずがありません。それなのに実際には二つどころか三つ、四つと開発する抗生物質のすべてに耐性をもつ菌(多剤耐性菌)が出てきたわけでとてもふしぎでした。 実は、日本の研究者の大活躍で(詳細は省略しますが)抗生物質耐性の遺伝子は、トランスポゾン(動く遺伝子)という形で存在し、それがプラスミドと呼ばれる細菌から細菌へと移る能力を持ったDNAに入れ子のようにたくさん入りこんでいることがわかってきました。トランスポゾンとかプラスミドとか・・・DNAは遺伝子として決まったところに決まった形で存在すると思っていたら、意外とあちこち動きまわっていることがわかってきたのです。こうして遺伝子が横に広がる姿が見えてきました。これは進化の過程でも重要な役割をしてきたと考えてよいでしょう。抗生物質を使うと普通の菌は死んで耐性菌が生き残るわけで、細菌としてみれば環境に適応したものが選択されて生き残るわけです。次々と新しい抗生物質が来ても、幸いトランスポゾンとプラスミドの組合せで耐性を手にできる・・・こうして多剤耐性菌が広がってきたのです。細菌の気持になって幸いと書きましたが、人間にとってはなんとも困ったことです。 でもこれは、生きものが懸命に生きようとする長い歴史の中で手に入れた仕組みですから、人間様の都合で動いてはくれません。これを止めるのは難しく、抗生物質を不必要に使わないという地道な対応が大事になります。科学技術時代の考え方は、なんでも先端、徹底抗戦であり、新しい薬を開発すればよいということになりますが、生きものの世界には不必要なことはしない、「適当に」という感覚があります。攻めの姿勢の意味もわからなくはありませんが、生きものを見ているとそれは自滅への道であることにも気をつける必要があると思うのです。ちょうどよい加減のところに落ち着くのがよいという選択があり得る。「生きもの感覚」が必要と言い続けているのは、別の言い方をすれば「適当に」ということ、競争が得意でない人間はそう思っています。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |