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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【理想と夢を持つ ─ こんな言葉久しぶりに聞いてご機嫌です】

2002.11.15 

中村桂子館長
 11月3日。いつものように、仕事をしながらCD代わりにテレビの音楽番組をつけておこうと思ってスイッチを入れたのですが、そのあまりの面白さに夢中になって仕事はそっちのけになってしまいました。主役は75歳のチェリスト、ロストロポーヴィッチ。小沢征爾指揮のサイトウキネンオーケストラとリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キ・ホーテ」を演奏するリハーサルなのですが、それが普通ではないのです。ロストロポーヴィッチさんは子供の頃からドン・キ・ホーテが大好き。「人間は理想と夢を持つこと。でもそれは必ずしも実現するとは限らない。それが生きるということだ。ドン・キ・ホーテはまさにそのように生きた」というわけです。そしてそのドン・キ・ホーテをシュトラウスがみごとに描き出した。ロストロポーヴィッチさんは、この曲を弾く度にある「風景」を頭の中に描いてきたのだそうです。音の一つ一つから意味を読みとり、話してくれるロストロポーヴィッチさんはまさにドン・キ・ホーテになりきっていました。リハーサルでは、オーケストラの人にも物語の人物になりきることを求め、小沢さんを初め皆苦笑い。終始真面目なのですが、そのあまりの情熱に思わず笑えてくるのです。最後のドン・キ・ホーテが息を引き取るところなど、チェロを弾くロストロポーヴィッチさん自身が息をしなくなるのではないかと心配しながらも笑えてきます。彼の頭の中にある風景を映像にした「映像詩ドン・キ・ホーテ」としてでき上がるとのことで楽しみにしています。
 ソ連の華としてデビューしながら結局亡命し、ベルリンの壁が壊れた時には涙が止まらずチェロを抱えて壁のところへ行ったという複雑な人生を送ってきた音楽家の口から出た「人間は理想と夢で生きるのだ」という言葉。もちろん、それは実現しないことが多いのだけれど、ということも含めて、自身もそういう生き方をした人が心からそう語り続けて下されば、人類の未来は大丈夫かなと思います。魅力的な笑顔と心の底から生まれ出てくる言葉で今日はとても楽しい気持になりました。すてきな人がたくさんいますね。


【中村桂子】


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