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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2024.06.18

マティス展で考えた戦争のバカバカしさ

戦争や災害のことを忘れてはいけませんが、日常を豊かに暮らすことを忘れてもいけないでしょう。幸い、三食を決まった時間に家族でいただくことができる状況になりましたので、典型的家庭料理をつくって楽しむことで典型的日常を過ごしています。お蔭で胃腸の調子がよく、適度な仕事の時間を持ちながら健康に暮らせているのはありがたいことです。

その上での豊かさとしては、音楽会や展覧会……先週は「マティス展」に行きました。音楽も絵も、好きな人を一人だけ選びなさいと言われると困ります。生命誌と同じで多様性を大事にしますのでと答えることになりますが、その人のものしか聴いてはいけない、観てはいけないと言われたら……決心をして、音楽ならベートーヴェン、絵はマティスかなと思います。フォービズムから始まる20世紀の画家としてピカソに比べられ、社会的、政治的なメッセージや前衛性がなく、ブルジョワ的で装飾的な雰囲気があると批判されます。確かにそうかもしれませんが、絵画の基本である色彩やフォルムに独特の魅力があり、それが時代と共に変化する様子は心から楽しめます。『ダンス』などマティスならではの面白さがあります。晩年になって、手術後ベッドの上で暮らすことが多くなったマティスが、周囲を紙だらけにして切り紙を楽しんでいる写真が作品と一緒に並んでいて、なんと上手な過ごし方なんだろうと羨ましくなりました。

切り紙絵をもとにしたステンドグラスや聖母子のデッサンなどが美しいヴァンスの礼拝堂が、原寸大でつくられており、ここしかないという空間を楽しめたこともあって、充実した時間を過ごしました。「私たちの中の私」について考えた時、千住博さんの「芸術に必要なのは個性ではなく、世界認識のための『切り口の独創』性です。常に芸術は『私は』ではなく、『私たちは』という発想です」という言葉に共感しましたが、マティスの絵をたっぷり鑑賞して、まさにそれを感じました。千住さんは「芸術は人間がお互いを知り、わかり合おうとする行為であり、人間の存在そのものです」「人間同士仲良くやる知恵を芸術と言います」とも言っていらっしゃいます。マティスはまさにそれを示してくれました。それは戦争なんてバカバカしいという強いメッセージになっていると思います。

芸術と共に生命誌も人間同士仲良くやる知恵でありたいと思います。
 

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶