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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.05.02

30周年に思うこと

何が不思議と言って、私が今ここにいることほど不思議なことはありません。何を今更と言われそうですが、30周年を迎えて、改めて「生命誌研究館」の6文字を眺めながらそう思うのです。

最近の研究から見えてきた宇宙、その中での太陽系についてのテレビ番組を見ました。大地は不動のものではないどころか常に動いているというプレートテクトニクス、宇宙のビッグバンの話はすでになじみになっています。今回は、太陽系も宇宙の渦の中で動いているのだけれど比較的穏やかなところにいること、今後の5000万年の動きが興味深いことなどが語られ、あらゆるレベルでの動きが重なり合って、地球に生きものが生まれたことを改めて実感しました。しかもそれが40億年近く進化を続けて人間を誕生させ、今私たちがここにいる。この事実に謙虚に向き合わずに生きるのは生きたことにならないという思いを強くしました。

くだらない権力争いに明け暮れ、お金を巡ってのだまし合いのような日々を送り、挙句の果てに人殺しのための道具に大金をかける競争を激化させているのが生きるということでしょうか。人間は、人を蹴落としたり、戦争をしたりするためにいるのではありません。

地球に生命体が生まれたこと、それが40億年もの間進化を続け多様な生きものたちのつくる生態系を生み出してきたこと、その中に私たち人間が誕生したこと。この歴史物語を知ることは、すべての人の生きることと重なるものであり、生命誌は特別の専門領域、特定の学問ではないと思うのです。初めの頃、「生命誌学」とするように言われ考えました(実は、大阪大学では「生命誌学」になっています。それでなければ大学の講座になれなかったからです)。生命誌学会を作ってこの分野を確立することが、常識的な選択でしょう。 

でも、「生命誌研究館」の6文字は、すべての人の生きることと重なる知を求めて生まれたものであり、一つの「知」ではあるけれど特定の学問ではない。その気持ちは変えられませんでした。

30年たった今。いろいろ問題はあるけれど、この選択でよかったと思っています。それには、すべての人が自分のものとして下さる「知」であるようにしなければなりません。幸い、自分のものとして下さっている方はたくさんいらっしゃいます。でも、先に書いたように、社会を動かしている人々は、謙虚などとは程遠い生き方をますます強めています。「生命誌研究館」は、今ここにいることを喜びとする人々の根っこになる場でありたいと思っています。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶