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研究館より

中村桂子のちょっと一言

2023.01.17

根っこと幸せ

2023年は「未来は明るいぞ」という明け方はしていません。とはいえ、私はいつも事柄のよい方を見るという性質なので、こんな世の中でも生命誌の中の人間を信じて毎日を大切に暮らしていこうと思っています。

それには、大きな流れに乗るのではなく、なんだかおかしいぞというところを自分なりに考えていかなければなりません。考えるきっかけの一つはやはり本です。読みたいと思って選んだものでなく、ふと手にした本が、これまで気づかなかったことに気づかせてくれることもあります。今日は、『ハッピークラシー 「幸せ」願望に支配される日常』E・ガバナス、 E・イルーズ(みすゞ書房)です。

どのような社会がよいですかと聞かれたら、「みんなが幸せである」と答えるでしょう。宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という言葉の意味を一言で説明することはできませんが、「生命誌」から得た「私たちの中の私」と重なると思っています。とくに、「私たち生きものの中の私」となると、考え方が平たくなってみんなのことを考えるのが難しくなくなると思っています。

ところで「ハッピークラシー」は、幸せでなければならないと強要されている現代社会を示す著者の造語です。幸せはよいけれど強要は考え物です。ポジティブ心理学の影響で「レジリエントでポジティブな最高の自分」(帯にあるのですが、意味ありげにカナで書かれているところが現代ですね)を求める自分探しが盛んになり、そこに自己啓発、コーチング、感情商品という新自由主義経済と自己責任社会を秘かに支える幸せビジネスが登場していると著者は指摘します。

「自分探し」という言葉に含まれる危うさは、とても気になっていました。もちろん幸せについて考えることは大事ですが、ポジティブでなければと押し付ける幸せビジネスに振り回されるのは御免です。著者は、知識と自分の正義を持つことによって振り回されずに生きられると言います。これを私の言葉にするなら、自分が大切だと思うこと、つまり根っこを持ってから考え始めなければいけないということになります。昨年からの続きで、根っこは大事だと再確認した次第です。

中村桂子 (名誉館長)

名誉館長よりご挨拶