Special Story
虫入り琥珀の世界
昨年マイケル・クライトンのSF小説『ジュラシック・パーク』がスティーブン・スピルバーグ監督により映画化され、たいへんな話題となった。この中に、琥珀に小さな穴をあけ、長い針をその中の吸血昆虫に突き刺し、体液を採取するシーンがある。しかしながら、通 常このようなことは考えられない。つまり、昆虫の体は「外骨格」といって「よろい」のような硬い皮膚があるために、死んでも外見上は完璧に見えるものも少なくない。しかし、体内はそうはいかない。すぐパサパサになってしまう。
琥珀に包まれた昆虫化石も外見上じつにきれいに残っているが、体の中はどうなっているのだろう?こんな子供のような好奇心から、虫を包んだ琥珀ごと切片(約1mm)にするという、あまり人のやらないことを試してみた。材料にしたのはドミニカ産の約4000万年前のハエの仲間の化石などで、比較的きれいにのこっているものを観察した。
結果は数個体観察したが同様であった。いずれも琥珀の部分はよく切れたが、虫の体はたいへん切れにくかった。つまり、体内はほとんど空洞でしかも樹枝は浸透していないのである。そこで、新しく作った樹脂を体内に流し込んで内部を補強してからもう一度切片を作成した。比較的よく切れた皮膚の近くに筋肉組織の一部と思われるものがわずかにみられるだけで、組織らしいものはまったく観察できない。
しかし、アメリカのポイナー博士は4000万年前の昆虫化石から核や核膜、さらには小胞体まで電子顕微鏡でとらえている。私たちは長年昆虫の組織を樹脂に埋め込んでごく薄い切片を作り、電子顕微鏡で見るという作業をしているが、電子顕微鏡の固定もしないで 細胞内の器官を残すことは常識では考えにくい。ポイナー博士も指摘しているように彼の観察は「きわめて稀なケース」であったのだと思う。近いうちにわたしたちもこのごくわずかに残った組織?を電子顕微鏡で観察したいと思っている。
(左) 【琥珀に包まれた虫と琥珀の切片】
写真は胸部の断面で、内部はほとんど残っていない。矢印はなんらかの組織の一部と思われる部分を示す。
(右) 【琥珀内のハエの触覚拡大写真】
毛の状態まではっきり見える。
(ながしま・たかゆき/東京農業大学助手、あかい・ひろむ/東京農業大学客員教授)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。