Special Story
虫入り琥珀の世界
獲物をいまにもとらえようとしているカマキリ、交尾の瞬間のキノコバエ --時間を超えて古代の昆虫たちが琥珀の中で生き生きと踊る。恐竜と同時代の生き物を閉じこめた1億年のタイム・カプセル虫入り琥珀は、科学とロマンが交差する進化のアドベンチャー・ランドだ。
CHAPTER
1.凍結された時間
私と琥珀(Amber)の出会いは小学生4年のころである。当時は友達と琥珀を燃やして遊んだもので、よく山に琥珀を探しに行った記憶があり、琥珀とはごく自然に親しんでいた。思い起こせば幼少のころ、祖父が山から琥珀を取って来て蚊いぶし代わりに焚いていたものである。現在、琥珀を燃やすなどじつにもったいない話であるが、これもいまにして思えば、久慈地方が国内最大の琥珀産地である証だったといえよう。
琥珀は、太古の樹木が分泌した樹枝が地中に埋もれ、変化してできたいわば"樹脂の化石"といえる。樹脂というと一般 的に"松・杉・檜など)のほかに、ヒメナエア(豆科)などの広葉樹も結構多いようである。
岩手県野田村の米田海岸は琥珀を産する海岸として知られている
琥珀はもとは流動的樹脂なので、この分泌時に周辺に棲んでいた昆虫を包み込んで化石化した"虫入り琥珀"がしばしば発見される。琥珀中の化石には昆虫のほか、トカゲやカエル・鳥の羽・カタツムリ・植物をはじめ、太古の水や空気なども見出される。
現在知られる世界最古の琥珀は、古生代石炭紀の約3億年前のもので、イギリス・シベリア・アメリカで発見されている。虫入り琥珀としてはレバノン産が最古で、中生代白亜紀前期(約1億2500万年前)のユスリカの仲間などが報告されている。次いで古い虫入り琥珀は日本の千葉県 銚子産。白亜紀前期(約1億1000万年前)のハチやハエの仲間が報告されている。
新生代の虫入り琥珀では、バルト海沿岸地方産(第三紀始新世/約4000万年前)やドミニカ共和国産(第三紀潮新世/約3000万年前)が世界的に有名である。後者は熱帯性かつ年代も若いため、トカゲやカエルなどの小動物をはじめとする多種多様で保存状態も良好な化石が多産しているが、反面に風化が早い欠点もある。
波に洗われた崖から琥珀が顔を出す
2.琥珀の宝庫・久慈
近年、日本各地で虫入り琥珀の発見が相次いでいる。しかし最近まで、日本にこれほど多くの虫入り琥珀が見つかるとは誰も思っていなかった。この始まりは1985年6月のことで、福島県いわき市で地元の化石マニアがハチ化石入りの琥珀を発見。同じく私が岩手県野田村からバッタなどの仲間の羽化石入り琥珀を発見し、立て続けに全国の新聞などに取り上げられて話題になって以来のことである。
当時、私も化石マニアの一人で、海外産の虫入り琥珀を見るたびに、久慈地方産琥珀からも虫入りをみつけてやろうと意気込んでいた。1985年5月、隣村の海岸に琥珀採取に出かけ、持ち帰った琥珀を整理しているうちに羽化石を見つけ、思わず「やった!」と声をあげていた。よく調べてみると他の琥珀片からも8個の虫入り琥珀が見つかった。急ぎ岩手県立博物館に鑑定を依頼したところ、藤山家徳博士(とうじ国立科学博物館)によって原直翅目(絶滅したバッタやコオロギなどの仲間)の羽化石と鑑定された。年代については、採取地が白亜紀後期に相当する久慈層群国丹層であり、同一の場所から海トカゲ類モササウルスやハコエビの仲間であるリヌパルスなどの示準化石が見つかっていることから約8500万年前の恐竜時代に属する化石と判明した。その後、私は個人で久慈地方産の虫入り琥珀を400点余り見つけているが、この最初の1点は何ものにも代えがたい私の宝物になっている。
現在、当博物館はじめ、私や個人が所有する久慈地方産の虫入り琥珀の総数は約1000点に及ぶ。いずれも約8500万年前の白亜紀後期に属するもので、ハチ・ハエ・シロアリ・ゴキブリ・ダニなどをはじめ、コメツキムシ・テントウムシなどの甲虫やガの仲間などがみられ、この種類も多彩である。
いまや久慈地方は、世界でも有数の虫入り琥珀の産地になったといっても過言ではなかろう。今後、この虫入り琥珀の研究が進めば、昆虫をはじめとした虫たちの進化の多くの謎が解明されていくことが期待される。また、虫入り琥珀の研究は、古生物学のみならず最先端の遺伝子工学の研究者からも注目されているのである。
岩久慈琥珀博物館の展示室(岩手県久慈市)
パネル以外に琥珀モザイクの宝石箱や琥珀製のアクセサリー、置物も展示されている。
3.琥珀の三大産地
バルト海沿岸地方
「琥珀海岸線」がエストニア、ラトビア、リトアニアからドイツやデンマークへと延びている。世界の埋蔵量 の3分の2があるといわれるが、それもスカンジナビア半島の森で生まれた莫大な量 の樹枝が川に流され、かつては海(河口)だったこの地域に推積して琥珀となったことに由来する。地質年代は約4000万年前。
バルト海沿岸カリーニングラードの露天掘り
ドミニカ共和国
世界の琥珀の中でも比較的新しく、約3000万年前の地層に由来する。一般 に明るい黄色の透明なものが多い。アリなどの昆虫や植物の葉、さらにトカゲなどの小型脊椎動物や鳥の羽毛まで含まれた化石は多彩 で、その保存状態が良いことでも知られている。
ドミニカ共和国。琥珀の坑道がある山
久慈
日本の代表的な琥珀の産地。久慈琥珀は約8500万年前、恐竜が栄えていた時代にまでさかのぼる。茶色か黄色の不透明な琥珀が多いが、それでも恐竜時代に生きていた生き物を数多く含んでいる。もし、吸血昆虫から恐竜の遺伝子DNAを取り出すことができたら、久慈産の恐竜を復活させることができるかも??
4.人と琥珀ー1万5千年の歴史
洋の東西を問わず、人と琥珀のかかわりはたいへん古く、先史時代の墓跡から護符などが発見されるほか、後の時代も信仰や権力の象徴として珍重された宝石であった。
バルト海沿岸地方の先住民の墓跡から約1万5000年前の琥珀製玉類が報告されている。日本では、北海道の旧石器時代の墓跡から約1万4000年前の琥珀製垂飾品が報告されており、国の重要文化財に指定されている。
琥珀の交易も古く、ヨーロッパでは青銅器時代すでにバルト海沿岸地方と地中海諸国間の通 商貿易が活発に行われ、この路は"アンバールート"と呼ばれる。当時、北方の金・太陽の石・人魚の涙などとも呼ばれ、琥珀は魔除けや安産のお守りなどとして買い求められて高値に売買されていた。また、古代ギリシャ語では琥珀をエレクトロンと呼び、現在の電気の語源になった。
日本では、縄文時代に岩手県久慈地方や千葉県銚子地方の産地を中心とする遺跡で琥珀製玉 類の報告例が多い。後の古墳時代になると、畿内地方の権力者たちの古墳から勾玉 や棗玉など琥珀製玉類が多く報告されており、近年、この玉類の科学的産地同定がなされ、久慈地方産地琥珀が多いことが解明された。今後、古墳時代における日本の琥珀交易路"アンバールート"の実体解明も期待されている。
久慈地方の琥珀産業は、藩政時代には南部藩の管理下に置かれ、当時"くんのこ(薫陸香)"と呼ばれて藩の特産品として採掘されていた。また、昭和10年~20年ころには軍需物資として採掘されており、その多くは船舶の塗料として用いられたといわれる。
(左)発掘された先史時代の琥珀製装飾品(模造)
(中央)奈良県生駒郡・竜田御坊山古墳群で出土した琥珀製の枕(7誠意初頭~中葉)。復原模造
(右)世界最大級の琥珀原石(久慈市、佐々木幸吉氏所蔵) 19.875Kg、40×40×25cm
(ささき・かずひさ/久慈琥珀博物館館長)
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。