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BRHサロン

時代の気分と生物学

高田公理

1本のイチジクの木の上で、喧嘩もせずに食事をしている多数のゴリラとチンパンジーの姿をテレビで見た。別種の高等なサルが、こんなふうに仲よく共存している姿の観察は画期的な新発見なのだそうである。

そういえば同種間でも異種間でも、生物相互の関係を一種の闘争とみなす考え方が、ダーウィン以来の正統的な生物学の底に流れている。それに比べると先の風景は、協力とまではいえないにしろ、彼らが共存しようとしているらしいことを物語っている。
 

シンガポール動物園にて

なぜこんな簡単な事実が、これまで知られなかったのか。もしかすると、同じ生物種なのに、生活習慣や価値観が異なる民族ごとの反目を続ける人類に、彼らはなにごとかを訴えようとしたのかもしれない。

無論これは冗談である。だが、逆の推論は成り立つ。つまり、諸民族間の葛藤と軋轢が深刻の度を加えるにつれ、人間の無意識の願望が、異種生物の平和的共存の姿を、改めて発見させようとしたのではないか。

そういえば10年ばかり前、従来は先天的に性が決まるとされた高等魚類にも、アブラヤッコやクマノミなど、成熟後に性転換する連中のいることが発見された。その背景には、男女差別の克服をめざす当時の社会意識の影響があったような気がする。

さらにまた、アマゾンの熱帯雨林調査の結果、従来は、500万種と見積もられてきた地球上の生物の種類数が、3000万以上に達すると推測されるようになった。そこには、少品種大量生産と人間の均質化をめざす近代工業社会の価値観にかわって、多品種少量生産や人間の個性の多様化に価値をおく最近の風潮が映し出されている。

生物学と時代の気分の間には、興味深い対応関係が存在しているようである。
 

(たかだ・まさとし/武庫川女子大学教授)

※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。

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