Experiment
生き物さまざまな表現
プラナリアは体長3~20ミリの小さな水棲動物です。肉眼では小さなミミズのようにしか見えませんが、顕微鏡や拡大鏡で見れば二つの眼がユーモラスな楽しい生き物であることがわかるでしょう。
今日の実演で、皆さんもきっとプラナリアのファンになりますよ。
CHAPTER
不死身な生き物
プラナリアは不死身な生命力を持つ動物と言われています。切っても切っても、その小断片から完全な個体が再生してくるのです。古く1774年に、フランス人と思われるパラスという人が、プラナリアの強力な再生能力について初めて実験し、記録しています。以来、多くの科学者がプラナリアに興味をもち、膨大な実験が行なわれてきました。プラナリアの再生のいくつかのパターンを見ていきましょう。
子供たちとプラナリアを採集する渡辺憲二教授
プラナリアを前後に切る
プラナリアは頭部、口、尾の三つの部分に大別できます。口は胴体の真中の腹側にあります。口の上あたりで、プラナリアを前後に切断してみましよう。頭の部分からは尾が再生し、尾の部分からは頭が再生してきます。切口はもともと同じ場所だったのですが、頭側では尾をつくれという指令が出、尾側では頭をつくれという指令が出ることになります。この指令は、分子レベルでの何らかの物質の働きによるものと考えられます。どのような分子がこのような指令を運ぶのかが、私たちの関心の一つです。
切る場所によって二つ頭や四つ頭などいろいろな形のプラナリアをつくることもできる(手代木渉編著『ブラナリアの生物学』より改変)
脳と眼の再生
尾の再生はトカケなどでも見られますが、頭が再生する動物はそうはありません。前後に切断されたプラナリアの尾部は、脳を欠いているためにしばらくは動きがとまります。2日ぐらいすると脳や眼が再生し、普通の動きを取り戻します。こんな素朴な動物なのに、左右の眼の神経が人間と同じように、脳の左側と右側の双方に入るよう配線されていることが私たちの研究で明らかになっています。神経の再生がどのようにして行なわれていくのかも、私たちの関心の一つです。
両頭のブラナリアと姫路工業大学渡辺研究室のシンボルマーク
プラナリアを左右に切る
プラナリアは進化の途上で初めて誕生した左右相称の生物だと考えられます。これ以前の生き物はクラゲやヒトデの仲間ですが、どれも放射状をしています。プラナリアを中央部で左右に切ったらどうなるでしょうか。自然界では、こんな形で分裂することはないためか、彼らにはかなりしんどいようです。切断されたプラナリアは傷口が収縮して丸まってしまいます。片側の眼が再生しても、脳のダメージが大きいためか、しばらくは正常な動きができず、一方向にグルグル回ってしまいます。プラナリアは、動物の左右性を調べるのにもとても適した生物です。
再生したばかりのプラナリアの頭に出てきた可愛いらしい眼
過剰眼
塩化リチウムなど、呼吸を妨げる薬剤を使うと、三つ眼や四つ眼のプラナリアをつくることができます。薬によって、眼の再生過程で何らかの誤りが起きたためだと考えられます。こうした実験は、私たちの眼が正しくつくられ、維持されるためにはどんな仕組みが働いているのか、ということを知る手がかりになります。とくに私たちは、脳と眼との関係に注目して研究を進めています。
視細胞だけを抗体で染めると、視細胞の視神経が脳へ投射している様子がよくわかる
プラナリアマーク
プラナリアを薬や高い温度にさらしたりして再生の実験をすると、尾のない両頭のプラナリアができることもあります。細胞、分子レベルにおけるプラナリアの理解を深めることによって、私たちを含めた動物が、どのようにして体をつくり維持しているのか、その仕組みを明らかにできるとの期待を込めて、両頭のプラナリアを私たち研究室のシンボルマークとしました。
①ブラナリアを前後に切って尾から頭と眼が再生してくる部分の拡大写真。緑の点(赤矢印)が2日目に再生してきた眼の視細胞 ②、③プラナリアの胴体を染色して組織を見る。写真の②の緑色の部分は腸で、体の全体に分布している。③の染色部分は、腸や神経系をつなぐ組織(間充織組織)
(姫路工業大学理学部生命科学科教授・渡辺憲二)
私たちの興味・こんなことを見てください。
【教授・渡辺憲二】
プラナリアを切ったり、熱にさらしたりすることは、プラナリアにとって一つのストレスとして働きます。このストレスによって、ストレスたんぱく質が誘導され、再生の引き金となるのではないか、との仮説を提唱しているところです。自然界のプラナリアも、体が大きくなったり、環境の温度に変化があったりすると、口の下あたりで分裂して二匹になります。分裂するあたりにストレスたんぱく質が出て、頭部からの神経支配が遮断され、切れていくのではないか、と考えています。
プラナリアの再生も、基本的には私たちの血球や腸の細胞と同じように、タネの細胞から新しい細胞がつぎつぎと生まれてくるのと同じ現象です。ネオブラスト(新生細胞)と呼ばれるタネ細胞がプラナリアの全身に分布しており、そこから脳や眼、さらには体が再生してくるのです。自分たちの体の中で起きていることを目のあたりに見る気持ちで私たちの実演をご覧ください。
【助教授・阿形清和】
私たちは、プラナリアの眼からとった遺伝子の解析から、人間に働いているのと同じ物質(アレスチン)がプラナリアでも機能していることを見つけました。人間ではいくつもの細胞を経て神経が脳に達しますが、プラナリアは一つの視細胞が直接脳まで延びています。しかし、そうした階層的な差を除けば、プラナリアの眼と人間の眼は基本的に同じなのです。7~8億年もの昔に誕生した原始動物と人間とが、同じような眼をもっていることに驚きませんか。この実演で、進化の妙を感じとってくだされば幸いです。
【助手・織井秀文】
プラナリアは、水さえきれいならば、近くの小川でいくらでも見つけることができます。皆さんも試しに、石をひっくり返してみてください。この愛敬のある生き物を見つけることができるはずです。科学は一般社会とは無縁なものと考えられがちですが、実は身近にこんな面白い生き物がいて、人間を支えている根本原理がかなりわかるのです。どうかこの不思議な生き物を直接手にとって科学をお楽しみください。
※所属などはすべて季刊「生命誌」掲載当時の情報です。