展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【DNA温故知新?】
2015年11月16日
新鮮な情報を知りたいと生物学などの専門雑誌の論文チェックをしています。便利な世の中になったもので、今は多くの出版社や雑誌がツイッターで新しい論文の情報を流してくれますので、通勤電車で気になる論文をリツイートしておいて、始業前のひとときWebで抄録を読み、表現の発信に役立ちそうな論文の全体を確認します。大学時代、海外の論文誌といえば、船便で「どんぶらこどんぶらこ」と半年分くらいまとめて届き、1年くらい前に出た論文を図書館まで見に行っていたことを思うと技術の進歩に愕然とします。
最近気になったのは、酵母のレプリソームの構造解析の論文です。DNAの複製酵素の複合体構造を電子顕微鏡で調べています。タンパク質の立体構造など実は専門外でよくわからないのですが、思いあたることがありました。展示ホールの中央にある「DNAって何? What's DNA」です。DNAの基本的なしくみを美しいコンピューターグラフィックで表現した作品で、その「DNAは伝える」の映像のなかでレプリソームが生き生きと動いているのを思い出したのです。製作秘話では、教科書とおりに作ったら合成酵素が動かず、2本の鎖の合成酵素の向きを逆にしたらうまくいったと工夫のしどころが紹介されており、当時は外の人間でしたので、よい仕事をしているなあと感動しました。
さて、そこで今の教科書ではどう書かれているのかと知りたくなります。分子生物学の定番の教科書「細胞の分子生物学第5版」を確認すると、合成酵素は同じ向きになっていました。ネットで検索すると同じ向きと逆向きと両方のモデルが見つかります。DNAの複製といえば、生きものにとって最も基本的な現象なのに、その仕組みにあまり関心が払われていないように思え意外でした。先の論文は、DNAをほどく酵素の前後に合成酵素が結合しているという発見で、複製の動きも見直されるかもしれません。この構造ならどんな風に動くのか考えてみたくなりました。
以前、長谷川政美先生にサイエンティストライブラリーのインタビューに伺ったとき、ご自身の過去の研究成果が書き換えられていくことについて「書き換えられるのがサイエンスでしょう」とおっしゃっていました。技術が進み、知識が増えていくのに変わらないほうがおかしい。そのときに誰かが研究して、書き換えてくれないような研究をしてもつまらないじゃないか、ということです。新しい論文が次々出版されさまざまな結果がでてきますが、本質的なことが、まだ変わる可能性があるのかもしれません。断片的な情報を集めながら、いつか大きな絵を描きたいと思い日々朝活しています。
参考論文
Jingchuan Sunら著
The architecture of a eukaryotic replisome
Nature Structural & Molecular Biology (2015)
DNAって何? What's DNA
見てわかるDNAの仕組み(講談社ブルーバックス)工藤光子・中村桂子 著 講談社ブルーバックス/2007年発行
研究館グッズ ポストカード DNAシリーズ DNAが複製する