展示や季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。
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【大人になれるかな】
2014年7月1日
生命誌研究館、21歳になりました。昨年が開館から20年となり、20周年記念として東京では生命誌展で日頃高槻までお越しになれない遠方の方々と交流し、高槻ではシンポジウムシリーズを開き研究のこれからを大いに語りました。この8月に高槻で開催する日本進化学会の一般向け企画では、20周年に制作した「生命誌版セロ弾きのゴーシュ」の上演など生命誌ならではのおもてなしを準備しています。いつまでもお祝いモードと言われそうですが、この機会にもっと外に出て行くきっかけになればという思いです。
さて、サッカーです。残念ながら日本代表は予選リーグで敗退してしまいましたね。ワールドカップにはひときわ思い入れがあったのですが、今回はビールを飲みながら観戦できる時間帯でなかったこともありますが、あまり盛り上がれませんでした。思い出に残っているのは、日本代表初出場のフランス大会。当時の職場の大ホールの大型プロジェクターで、深夜に大騒ぎで観戦しました。ドーハの悲劇の後の悲願の出場、世界のサッカーが目前に開けた時でした。今の選手達はきっとこのころ子供時代を過ごして、世界のトップクラスのプレイを当たり前に見て育ったと思います。そうやって世界との距離が縮まり、世界の舞台で日本サッカーが活躍するのが日常になったことも興味が薄れた原因かもしれません。サッカーが文化として成熟したということでしょう。(サッカーのお話は、この機会に改めて阿形清和先生を迎えてのトークをお読み下さい)
成人を迎えた生命誌研究館ですが、「生きている」を考える実践の場としての活動を行いながら、より多くの人々の日常としての「生命誌」をどう実現するか、みんなで考えています。医療やバイオエネルギーなど日常生活の役に立つから日常的は違うのです。生きもののしくみは、ものすごい。どんな機械でも細胞一つに敵いません。棋士に勝てるコンピュータも会話のできるアンドロイドも電気がなければただの箱、生きていることにはなりません。生命科学の研究は、この「生きている」を一つ一つ解き明かすことあり、生命誌の日常は、朝ごはんを食べるときも、テレビでニュースを見るときも、難しい仕事に頭を抱えるときも、家族と語らうときも、ちゃんと考えることでしょうか。考える根底に「生きている」があり、それが揺らがないのは、生きものが生きているこの仕組みが、38億年の長い間、変動する環境の中で試行錯誤しながら、今も日々生きていること。研究館の成熟とは、この知を研究で探求しながら、生み出される新しい知に当たり前に触れられるよう発信していくことだろうと思います。大量のデータが次々産出されている今、データから知をどう見せるかが課題です。見えてはいるんです。まだ遠くて点くらいなのですが。