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表現スタッフ日記

展示季刊「生命誌」を企画・制作する「表現を通して生きものを考えるセクター」のスタッフが、日頃に思うことや展示のメイキング裏話を紹介します。月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【故きをたづねたい】

2012年9月18日

齊藤わか

名著と言われる作品は、いつの時代に読んでも訴えかけるものがあります。私が好きなそんな作品のなかにルソーの「エミール」があります。完璧に読破しようとするとなかなかに難解なので、時間のあるときにちょっとずつ読み進める程度ですが。

子供は自然の力に任せて育てるべきだというのが家庭教師ルソーの信条です。例えば子供の食生活に関してはこう力説します。やたら豪華だけれど、材料がどこから来て、誰が調理したのかも分からないお金持ちの食卓に慣れさせるのではなく、野菜を育ててくれた農家の人と一緒に囲む素朴な食卓を好むように育てるべきだと。

食品の生産履歴や環境負荷が問題視される現代における、食品トレーサビリティやフードマイレージに通じるものを感じますが、彼は食の安全やエコな暮らしのために農家の食卓を選ぶべきだと言っているのではありません。大切なのは食を支えてくれる人々に感謝と尊敬の気持ちを持てるようになること、むやみにお金をかけた料理はぜいたくなものだと教えることです。逆に、現代の食品に様々な付加情報を求めるのは食品への疑いを解消するためでしかなく、今の私たちには食を支えてくれる人々や自然への感謝が抜け落ちているのではないかと考えさせられます。

エミールを読んでいるとこんな風に気づかされることや考えさせられることにしょっちゅう出会います。社会で起こるいろいろな問題は時代を超えて繰り返しているのかもしれません。そして名著からその本質的な答えが見つかるかもしれません。

いっぽう理系の世界では古い研究がかえりみられることは少なく、ほんの一部の有名な論文以外はすっかり忘れ去られ、捨てられてしまうことすら珍しくありません。たまたま見つけた古い植物解剖学の本の中に、未発見だと思っていた記載があってびっくりしたことがあります。新しい知見を求めてがむしゃらに進んできた科学も、これまで分かってきた事実を整理すべき時期が来ていると思います。「表現」という技術が、この混沌とした状況に立ち向かうのに何か役立たないかと模索してみたいと思っています。

[ 齊藤わか ]

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