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顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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原始リボゾームからゲノムの誕生

2016年5月16日

前回紹介したRoot-Bernsteinの原始リボゾームの仮説は面白いだけでなく、生命誕生過程の構想に重要な示唆を与えてくれる。そこで今回はまずこの説を中心にしてこれまでLUCA誕生について議論してきたことをおさらいしておこう(図1)。


図1:LUCA誕生へのシナリオ。
説明は本文

先ず、熱水噴出孔でエネルギーと有機物の生成システムが形成され、ランダムではあっても様々な長さのRNAが持続的に供給されるようになる(図1 step1)。RNA自身は4塩基の組み合わせからできているが、多様な立体構造を取ることができるため、その構造の持つ触媒活性を通して、ランダムで多様化する有機合成反応を一定の方向に制約する可能性を持っている。例えば、一定の構造を持つRNA鎖が高い頻度で合成されるようになる可能性だ。

さらに、RNA同士を結合させるリガーゼ活性、塩基配列に基づいて複製するポリメラーゼ活性を持つリボザイムが生まれると、特定のセットのRNAを増幅・維持するRNAワールドが誕生できる(図1Step2)。RNAワールドの重要性は、何よりも塩基配列を鋳型として複製することで、同じ構造を増幅できる点、及び個別のRNA鎖が持つ触媒活性を媒介にして、相互に作用し合う分子群をひとつの単位として統合できることだ。

周りの条件にもよるが、RNAには安定性の問題がある。おそらくこの解決としてアミノ酸やペプチドとRNAの相互関係が始まったのだろう。ペプチドと言っても、当時自然に合成できたアミノ酸がランダムに結合したペプチドだったと考えられるが、それでも十分なペプチドを作るためには、環境中に低い濃度で存在しているアミノ酸を捕捉して濃縮する働きを持つ原始tRNAが必要になった。比較的安定なtRNA様構造を持ち、ペプチド合成の効率を上げてRNAワールドを安定化させるという利点を持つ原始tRNAが一旦RNAワールドに誕生すると、選択的に複製されることで自然に濃度を高めるだろう (図1step3)。そのうち、アミノアシルtRNA合成能力獲得してより安定にペプチドを作る独自の進化を遂げたと考えられる。もちろんペプチドを合成するためにはtRNA進化と並行して、アミノ酸転移活性を持つリボザイムもRNAワールドでは選択的に増殖したはずだ。

こうしてレパートリーを増やしてきたtRNAやアミノ酸転移活性を持つリボザイムが原始リボゾームへと統合される契機については想像でしかないが、リボゾームとしての機能発揮に必要なRNAを別々に複製するより、一つの単位として複製した方が都合のいいことは十分理解できる(図1step4)。

このような契機から、tRNAやリボザイムRNAが少ない数のRNA鎖に統合されて誕生したリボゾームは、エネルギーや物質代謝に関しては熱水噴出孔の環境に依存する寄生体と呼べるが、1)自己複製能、2)ペプチド合成能、3)そして翻訳のための鋳型としてのmRNA機能を持つ、「自己の誕生」とも言える一つの単位を形成する。

同じ自己複製能を持つOttoの複製子と比べると、自らを鋳型として複製できる点、ペプチドを合成する「翻訳機能」を持っている点で、はるかに高度で独立性の高い複製子がリボゾームとして誕生したと考えることができる。

以上が、deFariasやRoot-Bernsteinが考える原始リボゾームを中心とした大まかなシナリオだが、LUCAへの過程で重要な次の一歩は、情報の機能からの独立だと私は思っている(図1step5)。

RNAワールドでは、RNAが情報を担う媒体としての機能と、リボザイムとしての機能という二役を演じていることが重要だが、情報の独立とは、この一人二役が解消され、情報を担う媒体としてのRNA鎖と、様々なリボザイム機能を担うRNA鎖が完全に分離することを指す。事実現存の全ての生物のゲノム情報はDNAを媒体として、原則として情報以外の機能を併せ持つことはない。

情報が独立することは、ダーウィン進化にとって極めて重要な要件だ。例えば、DNAは情報の媒体以外の機能を持たない。このおかげで、細胞や個体という全体の中の一部であっても、全体からの制約を受けずに情報自体を比較的自由に変化できる。もちろん、情報が変化することで全体の維持が不可能になると、多様化した情報も消失する。とはいえ、情報の変化自体は全体の制約をほとんど受けないことが重要だ。

一方、現存のリボゾームの構造を見てみよう。図2はWikipediaから借りてきた50SリボゾームRNAの構造だが、RNAが折りたたまれ、一つの構造を形成しているのがわかる。

図2 50Sリボゾーム(Wikipediaより) 青で示されているのがリボゾームタンパク質で、残りはRNA.

この一部がmRNAの機能を併せ持つ場合、この部分は50SRNAの機能や構造の維持に必要とされ、この部分で起こる変異は即座にリボゾームの機能喪失につながる。即ち、情報としての自由な変化は最初から制約されてしまう。

このためダーウィン進化で見られたようなほとんど無限と言える情報の多様化がRNAワールドで可能になるためには、制約の源となる様々な機能から解放され情報に特化したRNA鎖が発生することが必要になる。そして最後に、RNAワールドでの配列情報を全てDNAに置き換えて、全体を情報に特化させる転換が必要になる。

この情報の独立が原始リボゾームでどのように起こったかについての私の妄想を述べよう。まずrRNA配列のどこかに、リボゾーム維持に全く影響しない余分な配列が生まれる(図3)。この部分はリボゾームとしての機能を持たないが、rRNAと一体化しており、複製もリボゾームの一部として行われる。このはみ出したRNA配列が、tRNAのアンチコドン部位が結合するコドンを提供するmRNAとして働きだすと、リボゾームの機能から独立した情報としてダーウィン進化が可能になり、多様な新しいペプチドが作られるようになる。すなわち、リボゾームの機能にとらわれず、様々なペプチドを合成して、自由に試してみることができるリボゾームが誕生する。


図3 情報媒体としてだけはたらく核酸の誕生。

しかし、おそらくこのはみ出し部分だけが情報媒体として独立することはないだろう。というのも、このはみ出し部分がmRNAとして機能するためには、リボゾーム全体の存在が必須だ。このため、このはみ出し部分は、rRNA以外のペプチドを作るための進化する情報として存在しえても、rRNAから独立することはできない。

したがって、完全に独立した核酸を媒体とする情報が誕生できたとすると、この情報はrRNA(その内部のtRNAも含む)をはみ出し部分と合わせてコードする必要がある。例えば、rRNA配列全体を全てDNAに置き換えることができれば(すなわち逆転写が起これば)、一挙に情報に特化した核酸媒体を誕生させることができる(図3)。しかし、逆転写酵素、あるいは逆転写リボザイムが都合よく突然現れて、情報を独立の問題を一挙に解決すると考えるのは虫が良すぎる。

これまで触れてこなかったが、実を言うとRNAワールドでも、複製を維持するためには、機能のない相補的RNA鎖が作られ、それを鋳型として機能的RNA鎖を合成する必要がある(図3)。従って、機能の制約を受けない情報に特化したRNA鎖がRNA ワールドでは常に合成されていたことになる。ただ、機能を発揮するための構造化ができない RNAは不安定で、おそらく情報として長続きできなかったはずだ。

ここでRNAポリメラーゼ活性を持つリボザイム自体のヌクレオチド特異性が高くないため、複製時にDNAが取り込まれることもあったと考えればどうだろう。リボゾームとして機能するRNA鎖は、多くのDNAが混じると機能低下につながるだろうが、それでもかなりの機能を維持できたと考えられる。実際、RNAとDNAが混合したアプタマーの機能が現在研究されており、これもリボザイムより安定であるという性質を期待しての研究だ。

一方、複製の鋳型としての機能は、DNAが混じるほど安定化し寿命が伸びる結果、DNAで置き換わった程度が高い鋳型の濃度が上昇し、最終的に完全にDNAを媒体とするゲノムが誕生したと考えられる。すでに述べたように、脂肪酸だけでもDNA複製が自然に起こることがある。一旦情報媒体に特化したDNA鎖が生まれれば、機能を持つrRNAも、多様化するために生まれたmRNA部分も、全てが一つの情報としてまとまる。ゲノムの誕生だ。

ゲノムが独立することで、この複製単位はリボゾームの範囲から拡大し始める。次回はこの自己の範囲の拡大について見ていく。

[ 西川 伸一 ]

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