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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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生命誕生までのダーウィン進化

2015年12月15日

前回、生命の共通祖先(LUCA:Last universal common ancestor)に存在すると想像される有機分子や、これら分子の祖先と考えられる様々な中間段階を、現存の生物に存在するたんぱく質やRNAの構造から推測する可能性について議論した。生命誕生までに起こった出来事の痕跡が残っていない限り、何が起こったかは現存のタンパク質から推測するしかない。もし高い確度を持つ推測方法が確立すれば、その推測に基づいて分子を再現すること自体は難しいことではない。こうして合成した有機分子の性質を調べ、最終的には生命を作り出すこともいつかは可能になるだろう。しかし、可能性としてリストされる個々の分子を実験的に検証するためには、途方もない努力と時間が必要だろう。まして、それを集めて生命を再構築することは21世紀中に出るかどうかまだわからない。だが、詳細を理解することは難しくとも、LUCAまでの道筋はぼんやりと頭に浮かぶようになってきている。

最も重要な仮定は、LUCAができる過程もダーウィン進化の法則に従うという仮定だ。他の可能性もあるかもしれないが、私にはこれ以外のアイデアはない。この過程をダーウィン進化的に述べるなら、単純な有機物から多様で複雑な中間有機物が無作為かつ連続的に生まれ(多様性の獲得)、その中から分子自体の安定性、他の分子との相互作用による安定化などによる選択が行われ(自然選択)、より安定な分子や組み合わせが選択されるといえる。この分子進化過程は、多くの偶然に左右され正確な予測はもちろんできない。しかし、基本的には熱力学的法則に従って、一種のカオスが形成される過程だと考えている。もちろん単純なカオスは生命ではない。同じ空間に共存している様々なカオス状態同士がランダムに反応し合っているうちに、次により複雑で大きなカオス状態ができる(星雲の衝突のようなイメージ参照:図1)。これが繰り返される中で、それまでにはなかった秩序が組織化されるとLUCAが生じる。

図1 双極星雲:星雲は異種のカオスだが、これが衝突して新しい一つのカオスを形成する。(写真はWikiコモンズより)

すなわち、幾つかのカオスが、力学とは別の新しいルールでOrganizeされ、これまでのカオスとは質的に異なる秩序で支配されるLUCAが生まれる。多様化と自然選択というダーウィン進化論の共通ルールは、カオスからLUCAへの過程、生命誕生後の進化過程の両方に存在しているが、両者には多くの違いがある。LUCA誕生過程を思い描くためには、この違いをしっかり理解しておくことが重要だ。

まずLUCAが誕生するまでの中間段階は、同じように自然選択されて誕生すると言っても、熱力学的法則に完全に従うカオスに過ぎない。一方、生命誕生後に生起する中間段階は、熱力学第二法則に逆らって独立した系を維持しながら増殖する生物特有のOrganizeされているという性質が最初から維持される。生命誕生後の進化ではDNAが本来持つ変異しやすいという化学的性質が、集団の多様性獲得の原動力だが、一方、生命誕生前は、多様な分子を連続的に供給する化学的仕組みが必要になる。

次に、進化の結果は生命誕生前と、誕生後では全く反対に見える。もし数少ないLUCAから生物が進化しているとすると、 LUCA誕生までの過程はLUCAへと収束する過程のように見える。一方、生命誕生後はもっぱら多様化が進んでいるように見える。図2は、生命誌研究館のシンボルとも言える生命誌絵巻だが、この扇の形は、まさにLUCA誕生後の進化過程で生物の多様化が起こっていることを表している。このことから、進化過程を洒落て、Generator of Diversity (GOD)と呼んでいる研究者もいるぐらいだ。


図2:生命誌絵巻 協力:団まりな/画:橋本律子
多様な生きものが長い時間の中で誕生した歴史と関係を表現。
詳細はこちら

実は、個体の多様化と自然選択の組み合わせでなぜ多様な種が生まれるのかについては、完全に理解できているわけではない。ただ、生命誕生後の多様性を生み出す原動力GODは、ゲノムの物質的基盤であるDNA鎖がもともと変異しやすいという物理化学的性質を持つことに起因している。おそらく祖先となる集団(共通祖先)の多様性は常に十分大きい(多様な形質をとれる)おかげで、環境により複数の形質が選択され共存するうちに種の多様化が進むのだろう(これについては生命誕生後のゲノム発生学でもう一度詳しく扱う)。生物が住める環境が通常高い許容性を持っていることが種の多様化に重要だが、寒冷化や隕石衝突のような大きな環境変化がおこると種は絶滅し多様性は減少する。

先に述べたように、一見すると生命誕生前の進化は一つあるいは少数のLUCA誕生へ向かって収束していくように見える。しかし、例えば結晶ができるように無機分子が臨界に達して一足飛びに生命が生まれるとは考えにくい。従って、生命誕生までには、比較的安定な中間段階として、多様な有機分子や分子複合体が合成される必要がある。それも、LUCAに近づくにつれ、比較的単純で多様な中間段階段階から、より複雑な中間段階が段階的に生まれていくと考えられる(図3)。こうしてできる多様で複雑化した分子集団の中から少数が選ばれ、さらに新しい秩序が生まれるよう組織化されるのがLUCAではないだろうか。従って、過程全体で見ると起こっていることは収束ではなく、進化と同じで多様化だ。ただ、強い選択圧の結果LUCAとして残るのは数少なく、収束しているように見えることになる。


図3:LUCA進化は多様化ではないように見えるが、実は分子多様化の産物だった。

最終的にLUCAが完成するにはどれほどの分子や分子ネットワークが必要か想像するしかないが、自立生命が可能になるには最低限100−300余りのタンパク質と機能的RNAが存在すればいいと想定されている。ただ、最初から無駄のない構造ができるはずはないので、おそらくこれよりはだいぶ多い分子の種類がLUCAに存在したと思える。ここでは、タンパク質とRNAを合わせて仮に500としておこう。実際には、これが100個であれ、1000個であれあまり違いはない。

ではこの500個の分子はどうすればできるのだろう?RNAについては後にRNAワールド仮説を考えるときに議論するとして、ここでは話を500種類のタンパク質を第43話で述べた熱水噴出孔で合成するという課題にしておこう。もちろん設計図などないから、ランダムな化学反応でアミノ酸が合成され、こうして合成されたアミノ酸からやはりランダムな化学反応でペプチドが合成される過程がどう進むかという課題と考えてもらっていい。

全ての有機合成が、炭酸ガスと水素から、メタンやアセトンが合成されるところから始まることを見たが、そこに窒素も加わって、様々なアミノ酸が合成できることは示されている。熱水噴出孔には触媒とエネルギーが十分存在するため、この場所ではアミノ酸から少なくとも50merのペプチドまで理論的に合成できる。この過程を図示すると、生命誌絵巻と同じで、メタンとアセトンという単純な有機物から最初始まり、時間とともに有機物の多様化が進む過程として描ける(図4)。

図4:熱水噴出孔に存在するアセトン、メタン、エネルギーを持続的に合成する力は、有機高分子の多様化のGenerator of Diversity (GOD)といえる。

このことから、LUCAへの過程も生命誕生後の進化と同じで、多様化の方向に進み、これを推進する力の基盤が、熱水噴出孔での持続的エネルギーと有機物が供給であると考えていい。最初はアセトンとメタンの2種類しかない状態が、アミノ酸になると20種類と10倍に多様化する。そしてペプチドになると、結合するアミノ酸の数に応じて多様性は指数的に増大し、もし熱水噴出孔で50merまでのペプチドが作れるなら、その多様性は20の50乗という天文学的数字になる。さらに、できた様々な長さのペプチド同士が相互作用しあって、複合体を作ることで、この多様性はさらに増大する。これは、DNAの長さが増えるごとに、それが形成できる多様性が増大するのと同じだ。このように、熱水噴出孔のような条件が整えば、GODによる有機分子の多様化を持続的に進めることができる。今後、GODが整った実験条件を工夫し、無機物から多様な有機物へと進む多様化過程を実験的に再現することは可能になるだろうと思っている。

ただ、多様化が起こったとしても、天文学的種類のペプチドが合成されるだけで何も起こらない。LUCAへと組織化されるためには、まずGODの力を何らかの形で制約することが必要だ(散逸構造の一つ翼の後ろに発生する乱気流が翼という制約により発生するのと原理的には同じだ。:図5)。

図5:散逸構造は流れのエネルギーが翼という障害物で制約されることで初めて生じる。多様化というエントロピーの流れも同じ。(写真はWikiコモンズより)

生命誕生後のダーウィン進化でも同じで、ゲノムで進むランダムな多様化を、それまでの進化の結果、課せられた生存のためのコンテクスト(それを満たせない変異が起こると個体は死ぬ)と環境への適合により2重に制約する(選択する)ことで、新しい種が生まれると説明している。

生命誕生までの過程で、熱水噴出孔に存在して、そこで発生する有機分子を多様化させる力、すなわちGODを制約する要因がOrganizerとして生命誕生を媒介したはずで、生命誕生過程を構想する鍵は、この制約要因を理解できるかどうかにかかっていると思う。もちろん理解できているというには程遠いが、熱水噴出孔にできたチムニー内に生命誕生場所を限ることができれば、実際の制約条件を特定できるのではと考えている。次回は、この制約条件を考えるときに考慮すべき幾つかの点について述べていく。

[ 西川 伸一 ]

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