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進化研究を覗く

顧問の西川伸一を中心に館員が、今進化研究がどのようにおこなわれているかを紹介していきます。進化研究とは何をすることなのか? 歴史的背景も含めお話しします。

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生きた化石・シーラカンスからみる上陸大作戦

2015年2月2日

生命誌研究館の2階には2010年から生きもの上陸大作戦というタイトルの絵巻物が展示され、水中から陸上へ移行した多くの生物の陸上大作戦を見ることができる(図1)。


図1:生命誌研究館の展示「生きもの上陸大作戦」

絵巻にも描かれている脊椎動物の上陸大作戦が今回紹介する論文のテーマで、タイトルは「The African coelacanth genome provides insights into tetrapod evolution (アフリカシーラカンスのゲノムに見られる四足類進化のヒント)」、2013年4月号のNatureに掲載された。((Nature 496:311, 2013)。同じ年の7月、我が国からもシーラカンス全ゲノム解読についての論文がGenome Research(23:1740)に発表されたが、シーラカンスのような世界中の夢を集めている魚のゲノムになると熾烈な競争になっていたこともわかる。Nature論文はクリエイティブ・コモンズに登録されているので、ここではこの論文を中心に紹介する。

タイトルからわかるように、この論文はアフリカで捕獲されたシーラカンスの全ゲノムを解読することが主目的だ。おそらく多くの読者は、シーラカンスが生きた化石だという印象を持っているはずだ。実際、シーラカンスという名前は化石に残る硬骨魚に付けられた名前で、地球上からすでに絶滅したと考えられていた。シーラカンスは肺魚と同じ肉鰭綱(lobe-finned fish)に分類される硬骨魚で、他の硬骨魚に見られる薄いヒレと比べると、陸上動物の手足のように肉質になっているところから肉鰭綱と名前がついた。このため、化石の構造から、硬骨魚が陸上の四足類へ進化する中間段階ではないかと考えられていた。


図2 最初に捕獲されたシーラカンスの標本。ヒレが足のように太く突き出ているのがわかる。写真は捕獲当時と、最近のマージョリー・コートニー=ラティマーさんの写真。Wikimedia Commonsより。

ところが1938年、地元の釣り人の針にかかった魚が、化石とほとんど変わらない形態をした生きたシーラカンスであることが、博物館員のマージョリー・コートニー=ラティマー(Marjorie Courtenay-Latimer)により発見される(図2)。この結果、現在生息しているシーラカンスの学名は彼女の名前をとってLatimeria chalumnaeになった。その後アフリカだけでなく、インドネシアでも発見されるに至り、シーラカンスは世界中に生息する生きた化石と考えられるようになった。

この研究では2003年南アフリカで捕獲された1匹のシーラカンスの血液からDNAが採取されゲノム解読が行われている。もちろんゲノムサイズや、含まれている遺伝子など詳しく調べれば面白い発見は無限にあるはずだ。ただ、シーラカンスのゲノム解析を通して研究者が最も知りたいと思っているのは次の2点だろう。

  1. 1)シーラカンスは本当に生きた化石か?生きたシーラカンスが発見された時皆を驚かせたのが、形態が化石とほとんど変わっていない点だった。ここから、シーラカンスの進化速度は遅く、生きた化石と呼んでいいと考えられるようになったが、これは本当か?
  2. 2)生命誌研究館でも展示しているように(図3)、肉鰭綱のヒレの構造は、水性脊椎動物が四肢を獲得し上陸に成功する過程の途中を理解する鍵になると考えられている。現存の肉鰭綱として肺魚が有名だが、残念ながらゲノムサイズが巨大で、まだ解読されていない。このため、シーラカンスゲノムは肉鰭類の最初のゲノムとして大きな期待が持たれていた。この期待に基づき、シーラカンスと四足類に存在して、他の魚類に存在しない四肢形成に関わる遺伝子を探すことが、この研究のもう一つの焦点だった。

図3 生命誌研究館2階に展示されている、脊椎動物上陸作戦についての説明。硬骨魚から四足動物へのヒレから四肢への進化について説明している。

ゲノムが解読され、約19000の遺伝子を持つ、2.86Gbのサイズのゲノムであることがわかった。フグと比べるとゲノムサイズはもちろん大きいが、ヒトの40倍のゲノムサイズを持つ肺魚と比べると、ゲノム構造ははるかに単純だ。ゲノムから、シーラカンスにはなんとIgMがないこと、真獣類の胎盤発生に関わる遺伝子構造が見られること(シーラカンスは卵胎生)、肝臓の尿素サイクルが存在することなど、進化研究にとっては面白い対象が目白押しだが、ここでは上の2つの問題に絞って見ていこう。

まずシーラカンスの進化速度は遅いのか?この問いに対して、251種類のタンパクに翻訳される遺伝子の配列を選び、これら分子のアミノ酸の変異速度の平均を比べる方法で脊椎動物全体の系統樹を描き、アミノ酸置換の速度から進化速度を算出している。


図4 Nature論文の図1からの転載。現存の脊椎動物22種で配列が明らかになっている251種類の分子のアミノ酸配列の違いから算出した系統樹。全部で約10万カ所のアミノ酸の違いが計算に用いられている。それぞれの種につながる枝の長さが変化の速度、即ち進化の速度と対応していると想定している。

結果は図4(論文Fig.1を転載)に示す。この図では、それぞれの現存種の系統樹の枝が様々な長さで途切れているが、これが進化の速度に対応し、長いほど進化速度が早いことを表現している。図からわかるように、遺伝子変異という点だけから見るならシーラカンスはヒトより4割、肺魚と比べても1割強進化速度が遅いことがわかる。もちろん、これが生きているシーラカンスと、化石のシーラカンスの形が似ている原因かどうかははっきりしない。とはいえ、シーラカンスの進化速度は予想通り遅く、生きた化石と考えて良さそうだ。同じ結果は4種類の脊椎動物をシーラカンスと比べた我が国の研究でも確認されている。


図5 HoxD4エンハンサーのマウス四肢発生での活性。赤線で囲ったエンハンサー部分にシーラカンスと四足類共通の配列が存在する。この配列をシーラカンスから取り出し、標識遺伝子につないだ後、マウス受精卵に導入し、このエンハンサーがマウス四肢でも活性があるかを調べている。写真左にあるように、マウスHoxDと同じで、四肢発生後期にこのエンハンサーの活性が検出される。

最後に、シーラカンス以降の脊椎動物にはあって、それ以前には存在しない、しかも四肢に関わる遺伝子は見つかったのだろうか?この研究では、四肢やヒレの発生に関わることがすでに明らかにされているホメオボックス遺伝子、HoxDクラスターに注目して、様々な動物のゲノムが比べられた。全ての脊椎動物でHoxDクラスターに存在する翻訳される遺伝子の構造にはほとんど差が見られない。ところが、よく調べるとHoxD遺伝子の発現調節に関わるエンハンサー部分の配列の一部に、シーラカンス以降の脊椎動物では保存されているが、それ以前の脊椎動物には存在しない配列が存在することがわかった (図4の赤い長方形で囲まれた部分)。ではこの「シーラカンスより前の脊椎動物には存在しないエンハンサー」が、ヒレでHoxDの異なる発現パターンを誘導し、四肢への進化の引き金を引いた張本人なのだろうか。もしそうなら、ヒレの発生過程でHoxD遺伝子群の発現パターンが変化することでこれまでとは異なる構造が生まれ、四肢獲得の進化が始まったと考えることができる。これを確かめるためにこのグループがとった手法は、トランスジェニックマウスの手法を使ったレポーターアッセイと呼ばれる方法で(図5下方に説明)、調べたいエンハンサー活性がどの組織で見られるかを調べる方法だ。図に示したように、調べたいエンハンサー部分(Island1)とその活性を読み取るための標識遺伝子を結合させた遺伝子を用意し、それをマウス受精卵に導入する。四肢の発生が始まったところで、標識遺伝子が胎児のどの組織に発現しているかを調べている。

この図でシーラカンス以降の脊椎動物のみで見られるエンハンサー部位をIsland1と名付けているが、シーラカンスのIsland1は、なんとマウスの胎児でも、発生中の四肢特異的に遺伝子発現を指令できることがわかった。もちろんこの断片的な結果だけで、新しいエンハンサーが生まれることが四肢進化の本当の引き金になったかどうか結論することは難しい。おそらく、硬骨魚のヒレをシーラカンス型に変化させることができないと、本当の証明にはならないだろう。ただこれまで骨の進化や免疫系の進化で見てきたように、新しく分子が生まれなくとも、遺伝子を調節する領域が変化して同じ遺伝子の発現パターンが変化するだけで、新しい構造が生まれる可能性が具体的に示されたことは重要だ。しかし現在の進化研究の一つの主流を示す、1)ゲノムを解析し、2)他の種と比べ、3)進化で変化した部位を同定し、4)予想した活性を実際の動物で確認する研究の進め方は、ゲノムが進化研究を大掛かりな実験研究へと変えていることを実感させる。

[ 西川 伸一 ]

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