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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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プラナリアが面白い

2018年11月1日

橋本 主税

きっかけとなる発見からはもう10年以上が経過するが、特にこの数年は「増殖と分化」を考え続けている。端的に言えば、増殖中の細胞は分化ができず、分化する為には細胞周期を止めなければならないという原理が動物細胞には潜在するのではないか?という考えである。だから「幹細胞」が分化全能性の性質を維持する為には細胞周期を止めてはならない事となる。一度細胞周期が止まれば分化の過程に入る為にもはや幹細胞としての能力を失うと考えられるからである。増殖と分化は対立する概念であるとは、発生学の世界では昔から言われてきたが、まさにその検証作業をしてみたいという事だ。

脊椎動物の神経堤細胞は「幹細胞」としての性質を有している。ほとんどの細胞が分化して基本体制が確立した後に、頭部などの脊椎動物に固有な構造を作る為に、神経堤細胞は体内を動き回り適切な場所で適切な分化を遂げる。だから、その性質上、他のほとんどの細胞が分化を遂げた後も神経堤細胞は未分化な状態(すなわち何にでも分化できる状態)を維持している必要がある。この神経堤細胞の維持に細胞周期の維持が必須である事を私たちは突き止めた。したがって、細胞周期を止めると神経堤細胞は形成できなくなる。その後も細胞周期と分化の関係に焦点を当てて神経堤細胞の研究を進めてきたのだが、ここで問題にぶつかった。私たちが用いている両生類において、神経堤細胞が形成される時期の胚は数万の細胞からなる。受精卵は1細胞だから、少なくとも15回は細胞分裂を繰り返した後に神経堤細胞の形成が始まる。したがって、細胞周期に人為的な影響を与えるとかなりの頻度で神経堤細胞の形成以前に致命的な異常が生じるのだ。これでは神経堤形成と細胞周期に関して詳細な解析ができない。

ここで登場するのがプラナリアである。プラナリアは再生能力が高く、「切っても切ってもプラナリア」でお馴染みの扁形動物である。この動物を見て「可愛い」と思わない人がいるのだろうか?と感じるくらいに眼が愛くるしくて「可愛い」。プラナリアは幹細胞を体中に持っており、体が切断されると切断面に近いところで幹細胞が増殖を始め、増えた幹細胞が適切に分化を遂げて失った部分を再生する。このときに重要なのは、細胞分裂をするのは幹細胞だけである。体細胞は分裂しない。という事は、細胞周期を操作したときに影響を受けるのは幹細胞だけという事になる。これは私たちの研究にはきわめて都合がいい。さらに都合のいい事に、プラナリアのゲノム上には多くの生物種で細胞周期において重要な機能をしている複数の因子が存在しない為、かなりシンプルな機構で細胞周期が制御されている事が想像できる。だから発生現象と細胞周期に関する研究がかなりしやすい生きものである。実際に、いろいろと実験をしてみてかなり期待どおりの結果を得ているのだが、その結果はまた後日なにかの機会にご紹介するとしよう。

神経堤は脊椎動物を定義する細胞と言われる。神経堤細胞を進化の過程で獲得したから脊椎動物が出現したという話である。きわめて単純な生きものであるプラナリアの幹細胞に潜在する根本原理を理解する事が、脊椎動物の出現の理解に結びつく可能性があるとしたら、これはかなりワクワクすべき事ではないか。まあ、さすがにこれは言い過ぎだろうとは思うのだが、夢は大きい方が楽しいのもまた事実であろう。

[ カエルとイモリのかたち作りを探るラボ 橋本 主税 ]

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