日本に広く分布し、もっとも普通に見るイヌビワというイチジク属の植物とそれに花粉を運ぶコバチの起源を求めて、今年の夏に中国遠征に出かけていました。まず大阪から上海へ飛び、そこから福建、広東にかけて南下し、最後に香港から戻るという大移動をしながら、採集作業を行う、これまで経験したことがない採集遠征でした。上海の空港に到着したその足で華東師範大学へ移動、イチジク属植物の分類学専門の先生と合流し、採集計画の詳細な打ち合わせを行い、翌日には福建省へと出発しました。近年中国の目覚ましい発展がテレビなど様々なメディアによって日本にも伝わっていますが、特に高速列車(新幹線)網と高速道路網はものすごいスピードで整備されています。今回の遠征も中国のインフラの発展の恩恵を実に多く受けました。しかし、それにしても上海から福建省の最初の採集地点である寧徳市までは、ほぼ一日高速列車に乗っていました。採集作業が始まる前に大陸のスケールの大きさをあらためて実感する一日でした。
図1.蔓性になっているイヌビワ
日本にはイヌビワの近縁種がなく、台湾には3種いますが、互いに形態的特徴の違いがあるため、容易に識別できます。しかし、中国には10数種のイヌビワ近縁種が分布しており、それらの形態的特徴が非常に似ているうえ、種内の個体変異も大きいため、種の識別は困難だろうと考えました。そこで今回はイチジク属分類学専門の先生に同行していただいたのですが、実際に山に登ってイヌビワを探してみると、やはり中国のイヌビワの個体変異の大きさに驚きました。蔓性になっているイヌビワの個体をはじめて見ました(図1)。これでもイヌビワなのか?というような個体もありました。葉形には確かにイヌビワの特徴もありますが、花嚢はイヌビワの丸型ではなく、どう見ても
Ficus formosanaの菱形をしていました。
F. formosanaは中国大陸と台湾に分布しているイヌビワの近縁種です。実はこの種も今回の採集の目的の1つで、その日は
F. formosanaを探すために、陽天嶂(図2)という山を登ったり下ったり5時間ほど歩き回りましたが、
図2.Ficus formosanaを探した山
とうとう
F. formosanaを見つけることができなかった日でした。その個体は
F. formosanaであって欲しいという気持ちはお察しがつくと思います。疑いの気持ちを持ちながらこの個体を持ち帰ってDNA解析の結果を期待していましたが、やはり研究材料の採集は甘くはありませんでした。大陸環境の複雑さがイヌビワの種内変異の大きさをもたらしたのでしょうか。日程の後半は、
F. formosanaもなんとか採集できて完璧ではありませんが、満足した遠征でした。興味深い解析結果も出始めているので、そのうち報告できればと思います。
[ DNAから進化を探るラボ 蘇 智慧 ]