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オサムシの翅の話
2017年7月18日
オサムシの研究を始めたのは23年も前の1994年でした。それから10数年ひたすらオサムシの研究に埋没し、2006年に最後のオサムシの学術論文を発表した以降、オサムシの研究から離れて昆虫類を始めとする節足動物の大進化の研究とイチジク属植物とイチジクコバチの共生・共進化の研究を行うようになり、現在までに至っています。昨年、10年ぶりにオサムシの論文を発表しました。その論文はSilent Evolutionに関するもので、オサムシの研究から提唱していた「静の進化」という新しい進化プロセスを単独の学術論文にまとめたものです。静の進化をもたらした要因の一つは地理的隔離であり、それはオサムシの後翅の退化による飛翔機能の喪失とも関係しています。今回の日記はこのオサムシの後翅の退化について考えてみたいと思います。
地球上でもっとも多様化した動物群が昆虫類であることはすでに広く知られています。昆虫類の多様化をもたらした要因の一つは翅の獲得進化ですが、オサムシでは、逆に翅を無くして種の多様性を促進させていることは、実に興味深いです。オサムシ(亜科)は大きく5つの分類群に分けられており、そのうち、もっとも祖先的な分類群であるセダカオサムシ族を含む4つの分類群がすべて後翅を退化して飛翔できず、唯一飛べるのはカタビロオサムシ亜族という分類群に属するものです(図1参照)。このカタビロオサムシ亜族は、オサムシ亜族と近縁関係にあり、つまり、飛翔できないオサムシの一系統から分岐していることが、我々の以前の研究からすでに判明しています(図1参照)。この系統関係に基づき、オサムシの後翅の退化(進化)について2つの仮説を考えることができます。一つは、オサムシ(亜科)は祖先段階からすでに後翅を無くしており、カタビロオサムシ亜族はオサムシ亜族から分岐したあと、再び後翅を獲得したという仮説であり、もう一つは全く逆のもので、オサムシの祖先は有翅であり、カタビロオサムシはその有翅の状態を維持しており、他のオサムシの系統はそれぞれ独立に後翅をなくしたという仮説です。
これらの仮説そのものは、系統関係が分かった時点ですでに考えられていたが、それを検証するには、技術的に不可能な時代でした。しかし、研究技術が日進月歩であり、10数年間を立った現在では、分子レベルでこれらの仮説を検証することができるのではないかと、最近再びオサムシのことを思い出すようになりました。