研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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翅が取れてしまったのか、それとも取れて良かったのか
2014年12月15日
イチジクコバチの翅のことについて、以前から書いておこうと思っていたことがありますが、ずっと放置したままだったので、今回はそれを書いてみたいと思います。イチジクコバチとイチジク属植物の間に、花粉の運搬と産卵によって、絶対的な相利(互いに利益がある)共生関係が築かれていますが、その関係の詳細については、私たちのラボのページなどをご参考頂くことにして、ここでは省略させて頂きます。
図1.上図:花嚢の先端部にある入口に、イチジクコバチの翅が残っている。下図:花嚢の内部構造と花嚢に進入した雌コバチ。
イチジク属植物の花は花嚢という花の集合体の内壁に咲いているため、イチジクコバチはイチジク属植物に送粉する際、花嚢内に進入しなければなりません。しかし、花嚢の先端部にある小さな入口は、鱗片のような包葉に幾重にも覆われているため、小さなコバチといっても花嚢内に入るのは容易なことではありません。それにしても、コバチはその"入口"の隙間からほぼ強引に花嚢内に潜り込みます。その際、翅と触角はほとんど取れてしまい、花嚢内に侵入したコバチは実に悲惨な姿になっています(図1参照)。子供を残すために、翅が取れることも、触角が折れることも惜しまない、そのコバチの姿をみてなんて感動的だろうというか、可哀相だろうと思いました。
昨年のある日、花嚢内に入ったコバチの行動を観察するために、BRHの食草園にいるイヌビワの花嚢を開けてみました。すると、3匹の雌コバチが花嚢内にいて、一生懸命に一個一個の小花に産卵管を挿して、卵を産み続けていました。その時、片方の翅が残っているコバチが1匹いました。良かったと思いきや、観察し続けてみると、その翅はどう見てもコバチの動きの邪魔になっているように見えました。考えてみれば、花嚢内の空間は極めて狭いため、飛ぶ必要がなくなったコバチは翅をもったままでは動きにくいだけではないでしょうか。花嚢内に侵入したコバチは、多い場合では数百の卵を産まなければならず、狭い花嚢内で動き回るには翅がないほうがきっと効率がよいだろうと思いました。つまり、コバチが花嚢内に侵入する際、翅が取れてしまったというより、取れて良かったのではないでしょうか。花嚢の入口の構造もコバチの翅がそこで取れるために、ある程度の淘汰圧がかかって進化してきた結果であるかもしれません。