研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
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【第48回日本節足動物発生学会大会に参加してきました】
2012年6月15日
先週末に長野県上田市の菅平高原で開催された日本節足動物発生学会の年度大会に行ってきました。学会の名前を聞くと、きっと規模の大きい学会だと想像すると思いますが、実際は会員数が100人にも満たさない小さなものです。小さいとはいえ、タイトルにある「第48回」が示しているように、非常に歴史のある学会です。
年に一度の大会に集まる会員はおよそ四、五十人程度だろうと思います。大会期間は2日間にわたりますが、実質的には一日目の午後と二日目の午前だけです。学術発表はすべて口頭発表で、発表時間は20分という少々長い時間を取っているので、多少詳しい話を聞くことができます。学会が小さい分、大会の参加者はほとんどお互いによく知っていて、気にせず質問と議論ができるのはこの学会ならではの特徴と言えます。懇親会と二次会は全員参加が慣例になっているようで、特に二次会は深夜まで続き、若い人たちは徹夜で語り合うこともよくあるそうです。とにかく、非常にアットホームな雰囲気です。
私は学会の会員ではないですが、今回招待講演によばれて参加してきました。ここでは私たちの研究と極めて関連の深い発表を紹介したいと思います。ちょっと難しいですが、ゆっくり読んでいただければと思います。紹介するのは筑波大学菅平高原実験センターの町田研究室からの一連の発表で、比較発生学からみた内顎類昆虫の系統進化に関する内容です。内顎類昆虫と言ってもイメージはないと思いますが、あえて名前をいうと、カマアシムシ、コムシとトビムシといった羽をもたない原始的な昆虫類です。ちなみに、内顎類以外の昆虫は外顎類に分類され、それにはイシノミ、シミ、有翅昆虫類が含まれています。内顎類の昆虫は体が小さく、土壌に棲息していて、普段は目にすることはほとんどありません。しかし、これらのムシは昆虫の起源と進化を探るうえ、極めて重要な地位を占めています(ホームページ参照)。町田先生は、胚発生の過程を比較して羊膜の獲得と羊漿膜の機能分化の進化的変遷から、カマアシムシ→トビムシ→コムシ→イシノミ→シミ→有翅昆虫類という系統進化の仮説を提唱してきました(季刊「生命誌」63号)。しかし、今回の発表ではトビムシの位置が変わって、この仮説も大きく変化することになりました。これまでの仮説では、トビムシ、コムシ、外顎類はともに漿膜が胚分化能を喪失しているため、三者は共通祖先から由来していると考えていました。しかし、今回の発表によると、内顎口の形成過程を比較してみたところ、その特徴はカマアシムシの内顎口形成の特徴とよく一致していて、コムシの内顎口形成の特徴とは多くの点で異なっているといいます。さらに、トビムシの漿膜が胚分化能を保持していることも観察されたそうです。これらのことから、トビムシとカマアシムシが共通祖先に由来していると考えられ、(カマアシムシ+トビムシ)→コムシ→外顎類という新たな仮説が今回提唱されたわけです。ちょっと驚きましたが、興味深い話です。仮説はあくまで仮説ですので、必ずしも真実を反映しているとは限りません。研究の進行につれて仮説がころっと変わることもそう珍しいことではないです。仮説は提唱されたり、否定されたり、また新しい仮説が生まれたり、そうやって一歩ずつ真実に近づいていくのです。私たちは分子系統の側面から昆虫進化の道のりを解き明かそうとしています。トビムシの系統的位置はやはりなかなか定まらないですが、カマアシムシとの近縁性は見られていません。そういう意味で、今回の新しい仮説とは異なりますが、真実が明らかになることを楽しみながら研究を進めていきたいと思います。