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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【丁寧、謙虚、妥協】

蘇 智慧 "丁寧"と"謙虚"という2つの言葉は恐らく悪い意味で使うことはないでしょう。それと比べ"妥協"という言葉はそうでもないです。"絶対妥協しない"とか"妥協したら終わり"とかはよく耳にします。しかし、妥協することは本当に悪いことなんでしょうか。私はそう思いません。我々人間社会は人と人との繋がりでできており、事々に対する考えが人によって異なることがよくあります。それによって生じた対立は互いの妥協で解決することは少なくありません。妥協が好きか嫌いかを問わず、実際に我々は恐らく常に妥協しながら日常生活を送っているのではないかと思います。
 先日の日曜日に嬉しいニュースがありました。「小笠原イチジク属植物の雑種起源」に関する我々の論文がacceptableであるというメールがMolecular Phylogenetics and Evolutionという国際専門誌のエディターから届きました。最近の幾つかの論文の投稿から公表にいたるまでの過程において、レフェリーとのやり取りを振り返ってみると、あらためて"丁寧、謙虚、妥協"の大事さを感じました。オサムシの研究をしていた頃、発表した論文が重なっていくうちに、レフェリーのコメントに対するレスポンスは何となく口調が強くなり、真向こうから反論することが多くなったような気がします。最近の「日本産イチジク属植物とイチジクコバチの分子系統」に関する論文(Azumaら, 2010)も同様な対応をしていたが、通用しませんでした。レフェリーとのやり取りは次第に感情的になり、結果は勿論不採用となって他の雑誌に投稿せざるを得ませんでした。一昨年のラボ日記にも書いたように、もう少し"丁寧、謙虚、妥協"を心がけしていれば結果が違っていたかもしれません。その後、「昆虫の目間の分子系統」に関する論文(Ishiwataら, 2011)を投稿したとき、系統解析に関してレフェリーから「サンプルを分けて解析するのではなく、すべてのサンプルを含んだ1つの解析だけでよい」というコメントがありました。我々は複数のデータセットで解析する必要がある理由を丁寧に説明したうえ、レフェリーの意見も取り入れて、すべてのサンプルを含む全体系統樹を追加するという妥協案を提示しました。結果的にこの案を受け入れてくれて論文が公表に至りました。今回の「小笠原イチジク属植物の起源」に関する論文(Kusumiら, 2011)はDiscussionに一節をたてて起源のシナリオを記述しました。これは思い入れの考察でしたが、レフェリーからspeculationであると言われました。考えを重ねたすえ、この節を割愛することにしました。レフェリーはこの修正を高く評価し、論文のacceptを大きく後押ししたことは間違いないと思います。しかし、このシナリオはもっともリーズナブルな考察であることは今でも思っていますし、悔しい気持ちはありますが、妥協したことは決して間違ってはいないと思います。
 レフェリーとのやり取りだけではなく、どんなことに対しても誰とであっても、"丁寧、謙虚、妥協"という気持ちを常に持つことは極めて大事ではないかと改めて思いました。


[DNAから進化を探るラボ 蘇 智慧]

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