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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

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【戦場にかける橋】

村瀬 香

 真冬だというのに、ほてるような暑さだ。さすがはタイ国。国際学会に参加した私は、カセサート大学の学生達につれられてその橋までやってきた。華やかに活気づいた市場には、子供から大人までが溢れかえっていた。直射日光を避けながら市場をぬけると、その橋はあった。映画、「戦場にかける橋」の舞台となった橋である。戦時中、日本軍が橋の建設を捕虜達に強制したのだが、結局は無駄に終わってしまう。そんな戦争の空しさを描いた名作である。私は、橋にかかる列車の線路を踏み外さないように、一歩一歩慎重にその橋を渡った。橋のところどころに、小さな避難所がもうけられている。避難所から下をのぞくと、クワイ川がのんびり流れていた。川の両側には、一度は伐採されたと思われる、背丈の低い森が広がっていた。心地よい風が体をぬけていった。田舎特有の、ゆったりとした時間が流れていた。友人が、笑いながら私にカメラを向けた。(この平和な時間が、ずっと続きますように。)シャッターの音が小さくなった。日本、タイ、マレーシア、インドネシア、インド、ベトナム、モンゴル、オーストラリアといった様々な国の研究者が、一緒にこの橋を渡った。
 カセサート大学のトイが、私に地元のアイスクリームをすすめてくれた。二人でアイスを待っていたら、そこにクイーンズランド博物館のルディーがやってきてアイスおごってくれた。70歳をすぎたポパイみたいなルディーと、ほこりまみれになって昆虫を採集する姿が可愛いトイと、3人でアイスを食べた。国も世代も性別も違う3人が、アイスを片手に橋を眺めながら、研究という共通話題で盛り上がった。こんな至福の時間を過ごす機会を与えてくれた、全ての人々に感謝した。実のところ、アジア諸国の研究者の多くは、国際学会に参加するほどの金銭的な余裕はない。ところが、私財をはたいで彼らをサポートする、日本人の一流研究者たちがいるのである。略奪型の研究ではなく、研究者を育てようという試みを行っているのである。このような日本人の先輩の情熱に支えられて、複数の研究者がアジア諸国にも育ちつつあるのだ。
 全ての生物は、その生物特有の進化の歴史を背負っている。同じように私たち日本人も、日本人としての歴史を背負っている。生物が進化の過程をやり直せないように、私たち日本人も歴史をやり直すことは絶対に出来ない。次世代の子供達が、胸をはって背負うことができる歴史を、今私たちは歩んでいるのだろうか?




[DNAから共進化を探るラボ 奨励研究員 村瀬 香]

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