研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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机の上には2匹の小さな招き猫。ふと招き猫が欲しくなって年明けに里親?になってしまった。この子達のおかげか、先日の実験室見学ツアーは、いつもよりも大勢のお客さんが来館して大賑わい。そして、招き猫を見ながら私をネコ好きにしてしまった2匹の猫、ミヌとチョビを思い出す。どちらも、大学院生の頃に過ごした「施設」に迷い込んできたネコである。ミヌはネコ好きの指導教官に引き取られていった。ここでは、チョビとの思い出を書いてみたい。時間の経過は過去を修飾して美化してしまう作用があるが、たまには感傷に浸るのも悪くはなかろう。
大学院生の頃、私は通称「施設」と呼ばれる古い2階建ての建物で研究をしていた。施設は大学の本館の建物から100m ほど離れた場所に草木に囲まれて建っていた。春には菜の花が咲き、夏にはクワガタが飛んでくる。そして、初夏と秋の大掃除の時は雑草との闘い。そんな施設に時々野良猫が迷い込んできた。学生達はやってきたネコにこっそりミルクや食べ物を与えるのだが、たいてい翌日には姿を消していた。そんな中、卒業の年の秋の日にチョビが迷い込んできた。チョビは黒白のパンダ模様のネコで鼻の下にチョビ髭のような黒い模様がついていた。すかさず、指導教官に報告。
「先生、ヒゲの生えてるネコがいます」
「ネコにはヒゲが生えてるもんや」
「はい・・・・・」
チョビは率直に言って不細工なネコだったが、とても愛嬌があった。ただし施設ではネコ禁止であった。それというのも、かつて学生達が宿直室でネコを飼っていたところ、ノミが繁殖したり、実験飼料を食べられたり、様々な問題が起こったためである。しかし、カリカリ(固形キャットフード)やネコ用缶詰を買ってきて、こっそりチョビにやった。そしてチョビも居心地がよいのか居着いてしまった。おかげで、おなかを空かせたチョビのために毎朝なるべく早い時間に研究室に行くようになった。後輩の中には下宿にチョビを連れて帰って、翌日シャンプーをして連れてくる者も現れた。
実験をする気も失せた土曜の午後、スダチの木のそばでチョビを膝の上に乗せて黄昏まで時間を過ごした日もあった。目を細めてグルグルとのどを鳴らすチョビの温もりが心地よかった。「おまえはどこから来たんだい?これからどこへ行くのかい?」いつしかチョビに自分自身の姿を重ねていた。この先どこへ流れ着くのか分からない頼りない自分の境遇を。そして今でもありありと思い出す。セミナー室のストーブのそばで屈託無く四肢を投げ出して眠っているチョビを囲んで、しがない院生同士でお茶をすすっていた寒い冬の日の深夜のひとときを。みんな何かを求めていた。そして今も探している。
学位を無事取得して春の学会に出かける日に事件は起きた。地下室の壁の向こうから猫の鳴き声が聞こえるとの通報を受けて調べたところ、チョビが通風口から煙突に落ちた事が判明した。ポスターの最後の仕上げをしていたところなのに・・・しかし、ほっておくことも出来ないので、みんなで紐でつるしたざるの上にエサをのせ、それを通風口からチョビのいる場所におろし、チョビがざるに乗ったところで引き上げて救出した。その後で、「ネコを居着かせるからこんな事件が起こるんだ」と某教官から大目玉を食らってしまった。数日後学会から帰ってくると相変わらずチョビがうろついていて安心した。もし行き先が決まったらお前も連れて行こう。しかし、それから半月ほど経ったある日チョビは突然姿を消した。煙突事件が懲りたのか?雌猫を求めて出ていったのか?しかし私はこう考えている。
「無事、学位を取得した自分の姿を見て安心してチョビは旅立っていったんだろう」
それから3ヶ月後、私も施設を後にした。
チョビよ、お前の頼りない記憶の中に
一緒に過ごした想い出が残っているのなら僕はうれしい。
チョビよ、僕は相変わらず元気でいるよ。
頑張って笑って生きているよ。
チョビよ、今でもお前と探し続けているよ。
自分自身の価値とか、生きている意味とか、不安や寂しさの隠し場所を。
右手を挙げた招き猫は金運を招き
左手を挙げた招き猫は人を招くという。
チョビは左手を挙げた招き猫だったんだね。
[昆虫と植物の共進化ラボ 研究員 小野 肇]
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