研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。
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イチジクと言うと大抵果物のイチジクを想像しますが、実はイチジクの仲間(野生イチジク)は熱帯地域を中心に700以上の種類が世界中に分布しています。果物のイチジクはその中の1種で、品種改良された栽培種です。前回の日記にも書きましたが、イチジクはほぼ閉鎖状態の花嚢の内側に花を咲かせているため、風などによる受粉ができません。そこでそれぞれのイチジク種に特異的に適応したイチジクコバチが花粉を運んでいます(送粉)。送粉の代わりにイチジクコバチはイチジクの花嚢に卵を産み、自分の子供を育てています。つまりイチジクの花嚢は種子を作る場であると同時に、イチジクコバチを育てる場でもあります。ちなみに栽培種のイチジクは品種改良によって受粉されなくても成熟できるようになっているため、果物のイチジクにはコバチは入っていないと思われます。
日本のイチジクは小笠原諸島に固有種3種と、琉球列島を中心に13種が分布しています。パートナーのイチジクコバチも同数の種類が日本列島に棲息しています。琉球列島は多数の島々によって構成され、生物の異所的種分化の好環境です。イチジクコバチは、体長1〜2mm程度の小型昆虫で、飛ぶ能力は極めて弱く、またイチジクの花嚢の中から脱出した後、2、3日で死んでしまうので、島間の移動は非常に困難ではないかと思われます。だとすると島間のイチジクコバチの遺伝的交流が制限され、島ごとに遺伝的変異が蓄積されると予想されます。宿主のイチジクもイチジクコバチによる花粉伝達が行われているため、イチジクコバチと同様に島間の隔離が起きると考えられます。
そこで南西諸島の各島からイチジクの葉と、花嚢からイチジクコバチをそれぞれ採集して、DNA解析を行いました。楽しみにしながらDNA塩基配列を比較したところ、予想と全く異なった結果が得られてしまいました。イチジクもイチジクコバチも種類が同じであればどの島のものもほとんど同じ配列を持っていました。つまりどの種類にも島間の遺伝的変異が見つからず、島ごとに遺伝的変異が全く蓄積されていませんでした。この結果は全く無意味なのでしょうか。そうではありません。この結果について2つの解釈ができます。1つはイチジクコバチには思ったより移動能力があり、島間の遺伝的交流が常に行っている可能性。もう1つは日本列島へのイチジクの進入は最近で、島ごとにおける遺伝的変異の蓄積がまだ出来ていない可能性です。今後さらなる研究によってこれらの可能性を解明していきたいと思います。
実は多くの研究において、予想通りの結果がなかなか得られません。予想と異なる結果によって斬新な発想が生まれる場合も大いにあるのです。
[DNAから共進化を探るラボ 研究員 蘇 智慧]
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