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ラボ日記

研究セクターのスタッフが、日常で思ったことや実験の現場の様子を紹介します。
月二回、スタッフが交替で更新しています。

バックナンバー

バックナンバー 【土のうえ】

小野 肇
 未現像のフィルムが出てきたので、整理の悪い私はいつ撮った写真だったかな?と首を傾げながら現像しました。出来上がったピンぼけの写 真は、3カ月前に京都で催されたあるコンサートで写したものでした。

 Y氏は大学時代に所属していた昆虫研究会(以下虫研と略す)の一年上の先輩でした。Y氏が太鼓を叩いてアフリカの音楽の演奏活動をしていることを数年前から噂に聞いていました。そして3月に虫研の同窓会に出席したときに、Y氏が函館を拠点に演奏活動をしており地元では子供や若い女性を中心に人気を得ていること、ケニア人と共同でCDを制作発売していること、そして現在関西で演奏ツアー中であることを知りました。数カ月後幸いにも、私の出身研究施設の後輩にあたるクワガタ採集名人W氏から、Y氏のコンサートが京都で催される旨の連絡を受けたのでした。

 Y氏を含めた3人のグループにより演奏が始まりました。10個以上の種類の異なる太鼓が登場しました。脚で挟んで叩くもの、小脇に抱えて叩くもの、椅子のようにして座って側面 をたたくもの、叩いて鳴らすという単純な楽器もかなり多様であることに気づかされました。何よりも驚いたことは一つの太鼓から重低音から、かなりの高い音、それこそ金属音に近い音を鳴らすことができることです。そしてY氏の陶酔しきった顔、太鼓を叩くことがこの上なく幸せといった姿が印象的でした。

 演奏を聴きながら、初めてY氏の部屋に遊びに行った時の強烈な印象をありありと思い出しました。部屋の中に散乱したTimesやNewsweekといった英字雑誌、その側に積み重ねられた水槽の中で泳ぎまくるゲンゴロウ、押入の中に築かれたドラえもんも驚きそうな寝床、そしてコタツの上に広げられていた鹿の皮。Y氏がなめしていた鹿皮は常軌を越える異臭を発しており、部屋の中には一分とたたずんではいられられませんでした。そんなY氏とは気が合って、一緒に北海道の山中でゾウムシを捕まえたり、焚き火のそばでヤリを作って投げたりしたものでした。
 Y氏は留年中に昆虫採集を目的にアフリカに渡りました。その時に、アフリカの音楽や太鼓の魅力にとりつかれたそうです。帰国後、2年かけて丸太をくり貫き、例の鹿皮を貼り付けて手製の太鼓を制作しました。この太鼓は今回のコンサートでも大いに活躍していました。

 何曲ものアフリカ音楽の演奏が続きました。失恋の歌、通過儀式の際に歌われる歌、などと簡単に曲の説明は受けるのですが、全く未知の言語で流れてくる曲を聴くということは何とも不思議なものでした。また馴染みのない独特のリズム感が非常に刺激的なものでした。そして、最後の演奏曲はY氏が作詞作曲した「土のうえ」、アフリカ調のメロディーに日本語の歌詞を組み込んだ、Y氏の自信作です。観衆も一緒になって「土のうえ」を合唱して、盛況の中でライブは終了しました。

 演奏の後、W氏の所属する研究施設に伺い、最近飼われ始めた、コーカサスオオカブトムシ、メタリフェルなどを初めとする巨大甲虫を見せてもらいました。元々昆虫好きのY氏は大喜びです。驚きの表情でコーカサスオオカブトムシを指さしている、私とY氏の写 真が手元にあります。昨今、研究者として生きていくのも厳しくなりつつありますが、それよりも桁違いに厳しい音楽の世界を爽やかに生きているY氏の姿に力を与えられた、そんな日の思い出です。


[吉川ラボラトリー 奨励研究員 小野 肇]

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