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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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ちっちゃいこえ ── アーサー・ビナードさんの紙芝居

2019年9月1日

半分眠りながら「ラジオ深夜便」がなんとなく耳に入ってくる状態でいましたら、突然サイボウという言葉が聞えてきました。そういう言葉には反応するようになっているんですね。眼がさめました。

「きれいだろ?サイボウたちがあつまってずんずんはたらいているんだ。じっと耳をすませばきこえるはず。ずんずんるんるん ずずずんずん るんるんるん ちっちゃいサイボウのこえ」

読んでいるのはアーサー・ビナードさん。御存知ですよね。アメリカ人ですが日本語でみごとな詩を書く方です。これはビナードさんがつくられた紙芝居「ちっちゃいこえ」の一節です。丸木俊・位里の「原爆の図」を見ているうちに、ここに描かれているのは原爆ではなく「生きもの」だということに気づいたのだそうです。上から爆弾を落す眼でも遠くからキノコ雲を見る眼でもなく地面の上で暮らす生きもの目線で描かれている。なるほどと思いました。そこでビナードさんは、中にいる人間はもちろんネコ、イヌ、ハトなどの声を聞くことにしたのです。するとどこからかちっちゃなちっちゃな声が聞えてくることに気づきました。・・・すべての生きものをつくっている「サイボウ」。「原爆の図」には細胞が描かれているのです。ビナードさんは「原爆の図」の絵を使ってみんなの声、とくにサイボウのこえを聞く紙芝居をつくりました。

原爆投下の後は、「サイボウは見えるけどげんきじゃない。あたらしいサイボウがもうつくれないんだ」「からだのちっちゃいこえはとまって・・・きえた。ね、きみのなかのちっちゃいこえはきこえてる?」と問いかけます。

すごい!うーんと唸りました。「ずんずんるんるん ずずずんずん るんるんるん」。生命誌研究館には細胞研究でわかってきたことをビジュアル技術を使って美しく表現した展示があります。タンパク質をいっしょうけんめいつくり、生きている細胞が「ワタシの声が聞えますか?」と語りかけます。それがビナードさんの紙芝居と重なり、「ちっちゃいこえ」が心の奥深くに入りこんでくるようになりました。ワタシの声聞えてる?と語り続ける「ちっちゃいこえ」にいつも耳を傾けましょう。そしておかしなことでそれを止めないようにしなければなりません。

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