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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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ちっ素と水ってその辺にたくさんありますでしょう

2019年7月1日

そんな研究が進んでいたんですか。化学というお隣の分野での最近の話題に接して驚いています。大学では化学を勉強しましたので、仲間にはそんなことも知らなかったのと言われそうですが。「ちっ素と水からアンモニアをつくる」という東大の西林仁昭教授のお仕事です。アンモニアと言えば、有名なハーバー・ボッシュ法で、19世紀に開発されたその方法が今も使われています。200〜400気圧、400〜650℃という高圧、高温でちっ素と水素を反応させるのです。化学肥料などに不可欠なアンモニアは年間2億トンつくられており、この合成のために人類のエネルギー消費の数%以上を使っているというデータもあるそうです。水素をつくるのにもエネルギーが必要ですし、この時CO2も出ます。それに対して、ちっ素と水から常温、常圧でつくる方法が開発されたというのですから夢のような気がします。しかけは、モリブデン触媒とヨウ化サマリウムです。ヨウ化サマリウムは有機合成にはよく使われる試薬とあり、ますます期待してしまいます。

研究室での成功ですから実用化の道はこれからでしょうけれど、水、常温、常圧となれば生きものの世界に近いわけで、こういう方向が見えてきたのはいいなあと思います。化学教室での実験では、いつも水は邪魔、反応を進めるには水を除くことが大事と教えられました。時代は少しづつ変っていると感じ、いつものことながら、これも生命誌と無縁ではないと思っています。

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