館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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空海は生命誌の原点
2019年5月15日
先回空海と立体曼荼羅が急にダンゴムシに変身してしまいましたので、今回は空海に戻ります。
生命誌研究館を始めてから、曼荼羅に興味をもち始めました。もちろん、そこに示されている本当の意味などまったくわからないままに、表現としてなんとなく面白いなあと思った程度です。でもわからないなりに「胎蔵界曼荼羅」と「金剛界曼荼羅」に描かれた仏様たちの様子が多種多様で生きものの世界を見ている気分になったのです。「胎蔵界曼荼羅」では、中心にいらっしゃる大日如来が実は周囲のすべての仏様でもあるという解説を読んだ途端に、大日如来が受精卵に見えてくるというとんでもないことも起きました。そこで生れたのが「生命誌マンダラ」です。
曼荼羅の重要性に気づいて日本に持ち込んだのが空海と知り、いろいろな方の書かれた「空海」を読むと、これがまた生命誌とピタリと重なる人なのです。生命誌を考えているとその原点になる考え方をしている人に出会うことがあり、その一人が「蟲愛づる姫君」ですが、それより少し前の空海の生き方は更に興味深く、生命誌そのものと言ってもよい・・・と勝手にきめています。でも、知れば知るほど生命誌であることは確かなので、まだまだ教えられることはたくさんあると思っています。
そのような中で東寺で出会った立体曼荼羅には驚きました。これについても書きたいことはいろいろありますが一言だけ。空海のすばらしい表現力に圧倒されました。生命誌は表現を大切にしていますのでここでも学ぶことありです。今回の東博の展覧会では曼荼羅の中に入れるように仏様が並んでいらっしゃいますので、前からだけの拝観とはまた違う感じがありました。一言で表わすなら森の中に入った感じです。実際にどの仏像もヒノキ材の一本彫像ですからまさに樹です。空海が描いた生きとし生けるものすべてのつくる世界・宇宙は仏様のものであると同時に森でもあったと思うので、中に入って森を感じることができたのはありがたい体験でした。このところ空海にのめり込んでいますので、書き出すときりがありません。この辺で。またいつか書きたいと思います。