館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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一通り読み終えて
2019年3月15日
アントニオ・ダマシオの『進化の意外な順序 感情・意識・創造性と文化の起源』(白揚社)を読み終えて書評を書きました。さまざまな刺激を受け、楽しく読めました。もっとも、すべてを理解しているとは言えませんし、その考え方にすべて賛同ということでもありませんが、とても魅力のある考え方だと思っています。先回も書きましたが「生きものらしさ」を基本に置いてタイトルにあるような人間特有とされている事柄を考えていくのですから、生命誌としては興味を持たないわけにはいきません。
ところで、私が「生きものらしさ」と言っているところをダマシオは「ホメオスタシス」とします。教科書での「ホメオスタシス」は「恒常性」と訳されていますから、バランスのとれた平衡状態をイメージし、静的な感じがします。でも、ダマシオのホメオスタシスは、「生きものが生きていくため、また子孫を残していくために必要な状態をつくり出していくこと」という意味で使われており、とても動的です。生きものが環境に応じてダイナミックに変動しながら、しかし自身を維持し、続いていく原動力ですから、まさに「生きものらしさ」です。これこそが感情を生み、心を育て、意識や知性や文化・文明をつくっていく基本だとすれば、逆に文化や文明は「生きものらしさ」をもつものであるはずだと言えるわけです。これは生命誌としてとても大事なことです。もちろん科学としてこの考え方を強固なものにしていくには、感情・心・意識・文化などのそれぞれを明確に定義し、それが生きものらしさとどうつながるかを細かく見ていかなければなりません。ダマシオは神経科学者としてそれぞれをていねいに考えていますので、それに教えられながら「生命誌」からの組み立てをしていこうと思っています。ダマシオは「THE STRANGE ORDER of THINGS」(日本語のタイトルでは「意外な順序」)と言っていますが、意外じゃなくてこれが本筋だと思いますから。
このような考え方を持つ研究者の存在はなんともありがたく、心強いことです。「哲学や脳科学を勉強しなければ」と言っても、あまり難しいところへ入り込むのでなく、生物学に近いところにあってなるほどと思う考え方を取り入れていくことになります。これはそのような本です。大切な本のコーナーに置いてこれからも時々読むつもりです。