館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
バックナンバー
哲学は無用の長物?
2015年8月17日
決して勉強家とは言えない私にも、これまでに何度も読み返し、本棚の特別な場所に置いてある本があります。好きな本というのが一番適切な呼び方かなと思います。いつかそれをまとめてみたいと思いながら、なかなかできずにいるのですが。
その一つにW・ハイゼンベルクの「部分と全体」があります。この本は次の言葉で始まります。「科学は人間によってつくられるものです。これはもともと自明のことですが、簡単に忘れられてしまわれがちです。このことをもう一度思いかえすならば、しばしば嘆かれるような人文科学 — 芸術と技術 — 自然科学という二つの文化の間にある断絶を少なくすることに役立つのではないでしょうか」。ハイゼンベルクは20世紀初頭のヨーロッパの物理学者ですから、具体的な部分については、現在の生物学の立場からちょっと違うと思うところもあります。でも、科学に対する基本姿勢のすばらしさ、人間としての魅力の大きさを感じさせてくれるこの本が大好きで、何度も読み返しています。「科学は討論の中から生れるものであるということをはっきりさせたいと望んでいます」。この後同僚との哲学論議がたくさん出てきます。国立大学から「役に立たない人文・社会系の学問を追い出し、科学・技術を強化する」と考えた「有識者」は科学ってこういうものだということがわかっているのでしょうか。