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中村桂子のちょっと一言

館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。

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【科学情報の社会への伝え方】

2011.9.1 

中村桂子館長
 先回あまりの暑さに「何もない話」を書きましたらすぐに数通のコメントをいただき、もしかしたらあれこれ言わない方が読んでいただけるのかしらと思っています。
 とはいえ、「何もない話」を続けて書くわけにもいきません。今回は中味を入れます。それもかなりまじめに「科学情報の社会への伝え方」を考えます。
 8月26日(金)の新聞に(私が見たのは東京新聞ですが、恐らくすべての新聞に載っていると思います)、「国立環境研が、今回の原発事故で放出された放射性物質の拡散分析をしたところ、東北だけでなく関東・甲信越にも拡散し、ヨウ素131の13%、セシウム137の22%が東日本の陸地に落ちていることがわかった」とあります。そして地面1平方メートル当たりに沈着したヨウ素とセシウムの量を表わした地図が載っています。「この地図はどう受け止められるだろう」。ちょっと気になりました。
 本当は受け止められ方を知ってから先へ進むのがよいのですが、それでは二週間後になってしまいますので、なぜこれが気になったかを書きます。
 実は、新聞記事には、「大気汚染物質の拡散を予測するモデルを使い、3月11日の事故発生から3月下旬までに放射性物質が東日本でどう拡散したかを分析した」とあります。ここから見る限りこの地図は「予測モデルを使ったシミュレーションであって実測値ではない」と思われるのです。今私たちが知りたいのは「現在の土、水、生体の中に実際にある放射性物質の値」です。ところが、原子力の専門家の何人かに伺ったところでは、体系的な測定値は公表されていないようなのです。「現在の具体的データ」なしでは何も考えられません。今出すべきは、実測値です。そういう時に「3月時点でのモデルを使ったシミュレーション」を出し、ここで多くの方が「放射性物質が広範に拡散している」というイメージだけで不安を増したら、マイナス効果です。このような研究を学会誌に発表することは結構です。でも今この時点でニュースとして一般に発表すると間違った不安を引き起こすのではないかと気になります。今必要なのは、実測値を出すこと、そこからすべてを始めなければ事は進みません。放射能と健康の関係については皆が共有する確実なデータがないという現状を踏まえて、今回の事故をそのような科学をつくっていく機会にすることが研究者の勤めでしょう。
 情報公開は重要です。科学も必要です。でもそこでは、全体を考えての判断が不可欠です。科学コミュニケーションの重要性が言われていますが、それはただ伝えればよいというものではないと思うのです。

〈追記〉
 今日(8月30日)の新聞にやっと農水省から福島、宮城、栃木、群馬、茨城、千葉の6県での農地579地点の汚染マップが出ました。このうち群馬、茨城、千葉はすべて1,000ベクレル以下で、作付け制限の暫定基準の5,000を越えたのは福島県内の40地点です。浪江町は28,000という数字。これまでも、さまざまな被害について聞いてきた町名ですが、改めてこの値をつきつけられてどんな気持だろうと想像しただけで胸が苦しくなります。でもこの事実は受け止めなければなりません。この地域の方が新しい生活を描ける方策を出すこと、野田首相の最初の仕事のように思います。それには除染です。研究者が除染技術を開発していることが報道されています。ロボットにしても除染にしても泥縄式なのが気になりますが、今はそんなことは脇に置き、とにかくよい技術で早く体系的な除染を始めて、先が見えるようにすれば、次へ進めます。
 測定は続け、更に詳細な地図を作るとのこと、農水省ですので農地ですが、学校その他居住地のデータもこのような形で出るはずで、そこから歩き始めることです。少し気が落ち着きました。

 【中村桂子】


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