館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【好きなことを思いきりやると】
2011.3.15
3時間ほど、ゆっくりお話ができ、ピアノ大好きはもちろんですが、その奥にある自然や人間への優しい眼ざしが生み出すお人柄があの音楽を生んでいるのだということがよくわかりました。それを語っていると一冊の本になりそうですので、一つだけ。 御存知の方も多いと思いますが、舘野さんは、脳出血で右半身が不自由になられました。ピアニストにとって致命的と言える災難の中、御子息(ヴァイオリニスト)がそっと置いていかれた左手のための曲を弾いてみたのがきっかけで、今は左手のピアニストとして、新しい世界を拓いていらっしゃいます。この世界も魅力的な物語りですが、ここではそれもとばして一つだけ。 右半身不自由の状態のリハビリとしては、右を動かすことが重視されます。でも、舘野さんの場合、左手でピアノを弾くことが楽しくてしかたがなくなり、ほとんどの時間をそれに使っていらっしゃるわけです。リハビリは面倒だし、苦しいしと。でもお話の間中、身振り豊かで右手も柔らかく動いていました。言葉もちょっととおっしゃっていましたが、それもほとんど感じませんでした。終始ニコニコしながらのお話ぶりに、これまでの経緯を存じ上げなかったら右が不自由だとは思わなかったかもしれません。 以前、ハーバード大学の脳研究者ジル・テイラーさんにお会いして、脳出血で言葉がまったく話せない状況だったなどとは思えないお話しぶりに驚いたことを思い出します。ジルさんの場合も、いわゆるリハビリでは回復しないと言われたのを、お母様が日常を日常として過ごすという方法で乗り越えられたのでした。 リハビリについては何も知りませんので、何かを語ることはできません。ましてや、批判的なことを言うつもりなどまったくありません。ただ、脳の可塑性については興味津々、脳が活性化されていく様子を考えるのです。左手で思いきり楽しくピアノを弾く時、何かが起きているのだろうなあと思って。これからの研究でその辺りがわかっていくのが楽しみです。 <後記> 11日、たまたま東大での会議に出席中大きな揺れに出会い、家へ帰れなくなる体験をしました。その間知らされる被害に現場を想像すると胸が痛くなりました。人命救助、被曝者への援助、破壊的被害を受けた地域の復興が最優先。今はそれしか考えられませんが、頭の片隅に現代文明を考え直さなければいけないという気持ちがわいています。この問題はこれから考えていきます。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |