館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【香りを聞く】
2011.3.1
室町時代に生まれ、今に続いている茶道・華道・香道のうち茶道・華道は母の手ほどきで真似事程度には触れましたが(母の頃はもちろん、私の時代にも花嫁修業という言葉があったことを思い出します。私の場合、言葉があったというだけのことですけれど)、香道は初めてです。嗅覚は本来哺乳類にとって重要な感覚でしたが、人間になり、しかも都会人になってだいぶ衰えているのではないでしょうか。とくに年齢と共にあやしくなるようで、昨年はちょっと悲しい体験をしました。キンモクセイは眼に見えるより先に香りで気がつくものでしたのに、咲き始めに気づかず娘に教えてもらうことになったのです。その話をしましたら先生は「大丈夫。お香を聞いていると戻ります。」と慰めて下さいましたけれど。 ところで、香りを楽しむには香木が必要です。お茶やお花は新しく生産できますし、改良も加えられますけれど、香木は天然のものしかありません。しかもそれは長い年月を経た樹木が、更に土中で変化することでしかできないので、今香木がとても少なくなっているのだそうです。日本の香道では、熱した雲母片の上にほんの少量を置き、ほのかな香りを楽しむのですが、国によっては大量に燃やすところもあるとか。もったいないと思いますが、文化の違いですね。先生がいて下さった二つの香りを後の方が甘い感じと聞き分けることができ、入口の入口を楽しみました。「源氏香」の例にあるように、文学を題材にするなど複雑な楽しみ方があるようで、まさに入口にすぎませんが。ところで、正倉院御物の一つである宝物のような香木の写真を見せていただいたら、そこにほんの少し削った跡が3ヶ所あるのです。さて、これを削った人は誰か。一人は、香道を始めさせた足利義政というのはわかります。次は織田信長、これもそうかなと思いました。そして三人目。これはちょっと意外でした。明治天皇だそうです。でもこうして並べると、共通点が見えて来るような気もします。こんなところにも歴史が見えて面白いですね。さまざまな問題がある世の中ですけれど、そういう時でも、いやそういう時こそ、このようなゆったりした文化を楽しむ気持を大切にしなければいけないと思いながらの体験でした。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |