館長の中村桂子が、その時思うことを書き込むページです。月二回のペースで、1998年5月から更新を続けています。
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【筋がよいことが大事なのです】
2010.7.1
話は変って、「はやぶさ君」は久しぶりにさわやかな物語りを楽しませてくれましたね。科学や技術の話はこうでなくてはいけません。それにしても、もし着陸の時にトラブルがあったり、途中で行方不明になったりしなかったら、「はやぶさ成功」という報道で、「はやぶさ君」にはならなかったのではないかなと思います。人間の気持ちって面白いもので、トラブルが起きてハラハラし、それを乗り越えた時の達成感には独特のものがあります。それがまた共感を呼ぶわけで、そういうところにこそ科学や技術の本質があるのかもしれません。JAXAのホームページのはやぶさの報告最終回は、「2010年6月13日19時51分(日本時間)に「はやぶさ」は無事カプセルを分離し、同日22時51分頃に大気圏に突入しました。我々にカプセルを托したはやぶさ君は、美しい流れ星になりました。」と思い入れたっぷりです。 ところで、ここで例の「一番」の話が出てくるのではないかなと思っていたら、いくつかそのような新聞記事が眼にとまりました。「やはり一番が大事なのですよ」と。確かに「はやぶさ」は、小惑星からサンプルをとってくるという世界初の試みでした。しかし、それは単なる一番乗り競争ではありません。まず太陽系や地球の起源を知りたいという誰の心をも動かす動機が大事です。そして、そのような探査に必要な技術を開発し、その実行性を確かめたいという研究者、技術者の気持ちが、自然に世界初につながったわけで、やみくもに一番を狙ったものではありません。一言で言えば、とても「筋がよい」ので誰もが納得し、心から応援したくなるわけです。登場する研究者、技術者が皆謙虚であると同時に、信念を持ち、自信に満ちているのも魅力的でした。すべての場面で、「筋がよい」ことがよく見えました。 一方問題になったスーパーコンピュータは、その目的、技術のありようなど、誤解を恐れず言えば「筋が悪い」ので多くの批判が出たわけです。「一番」という言葉が話題になったからと言って、ここではやぶさとスーパーコンピュータを同じにされては困ります。まずお金ありき、ただ機械の数を競うという類いのプロジェクトは、一番とか二番とかいう対象にもならないと言った方がよいでしょう。今大事なのは、「筋のよい」研究が思いきりできる環境を整え、そこから世界初がたくさん出るようにすることだと改めて強く思いました。 【中村桂子】 ※「ちょっと一言」へのご希望や意見等は、こちらまでお寄せ下さい。 |